……ぽりん。
人参スティックは美味しい。
「シャバの味だぜ」
出所して来たばかりである。
刑期は、事務的な待ち時間を合わせて一時間。
「はーい、そこのケンタウロスさーん、警察署の入り口の前で立ち止まらない。いい加減にしないと、レッカー移動しますよー」
ボリッ!
人参スティクを齧る。噛み付く。
ぼりぼりぼり……!
彼女は虫の居所が悪かった。
「みんな、あいつが悪い!」
あいつとは、彼のことであった。
彼は、DC (Dwarf
amp; Cyclops)社製のMTBを駆って街中のオフィスを回っては書類を運ぶ、いわゆるメッセンジャーであった。
「おいこら、そこのチャリライダー!」
まぁ、平たく言えば、そこのケンタウロスの言う通りなのだが。
「だれ?」
「おいッ!」
華麗にスルーされるケンタウロス。
「さっき、てめぇのせいで速度違反でしょっぴかれた、このケンタウロスを忘れたか!」
はい、速度違反ね。
免許を持ってない?
そりゃそうだ、ケンタウロスだもんなぁ。
でも、免許が無いと点数引けないなぁ。
しゃあないから、署まで来てもらおうか。
即刻連行。
「ああ、あのケン太さん」
「なんじゃその呼び方は!」
「三十キロ規制の所を、八十キロで走ったケン太さんが悪い」
「あそこで勝負しろ、て言ったのはお前だ!」
「勝負しようと言い出したのは君だろうに?」
それは、単純な速度競争だった。一定の距離を速く駆け抜けた方が勝ち。
馬が駆けるスピードは時速八十キロに及ぶ事もあると言う。ケンタウロスもそんなものだろうか。そして彼の自転車が安定して速度を出せるのは、せいぜい時速三十キロを越える程度。
つまらない子供の張り合いに付き合って、怪我をしてもつまらない。
だから彼女から勝負を吹っかけられた時、彼はその規制された道を指定し、ご丁寧に駐在所の前をトップスピードで通過するように区間設定し、時刻は駐在官が暇そうにして、何かしたくてうずうずしてそうな時間を選んだ。
そんな彼の策は功を奏し、彼女は三十キロ規制の駐在所の前の道を、丁度時速八十キロに乗せた所で駆け抜けた。そして、机の上で眠そうにしていた駐在の眠気を吹っ飛ばした。
スクランブル発進した駐在に彼女は呼び止められたが、勝負に高揚した彼女の耳には届かなかった。(馬耳東風)
そして彼女はその先で"偶然"警邏していたパトカーと遭遇し、背後からポリスケッタマシーンに股がった駐在とで挟撃されて、あえなくその勝負から退場する。
ちなみにゴール地点は更にその先で、勝負を挑まれた彼はというと、別にそんなものはどうでも良かったが、そっちに届ける荷物があったので、そのラインは越えた。タイムは呆れる程緩慢なものであったが、勝負は成立した。勿論、彼の勝ちである。
それが、一時間程前の顛末。
「俺は騎士だ! よくもまぁそんな騎士様の輝かしい遍歴に、犯罪歴をしこたま書き加えてくれたな! おかげで俺は、他のケンタウロスからもいい笑い者だ!」
騎士としての遍歴は兎も角、彼女の犯罪歴は輝かしいものだ。
道路交通法各種の違反、器物破損、業務上過失傷害罪、弓矢やランスの町中での使用で銃刀法違反、その他諸々。
「よくそんだけ悪事を働いて、よく一時間で警察署から出て来れたな」
「誰のせいじゃあ!?」
「最近ケンタウロスによく絡まれると思ったら、全部君か」
「顔も覚えとらんのか、貴様ァ!」
「いちいち絡んでくるゴロツキケンタウロスの顔なんか、いちいち憶えていられるか」
「なにぃおッ、勝負しろ!」
「ああもう、いいよ」
何の勝負を挑まれるにせよ、兎に角、彼は一歩下がった。
一歩下がった先、そこは歩行者専用道だった。
ちなみに馬は軽車両扱い。
多分ケンタウロスも軽車両扱い。
「勝つ為の戦場を選ぶのは、戦士としての嗜みだろう?」
「………うっ」
負けなくてもいい勝負をして、負けてしまった。
ケンタウロスはがっくり項垂れた。
「ドン・キホーテか?」
彼女を評して彼はそう言った。
「なんだよ、サンチョ・パンダ」
「それを言うなら、サンチョ・パンサだ」
パカッ、ポコーン!
「パンダ」
彼は目の回りに、ご丁寧に両目ともに、綺麗に蹄の丸い跡を付けられた。痩せたパンダに見えなくも無い。
………ぽりん。
ケンタウロスは人参スティックを齧る。
「そうだ、お前、サンチョ・パンサだ。俺の従者になれ!」
「なんで俺が、お前の……!」
そんな彼の抗議の声を打ち砕くように、ケンタウロスが、まるで激しく嘶くように前脚を振り上げて、石畳を叩いた。
街中に響きそうな音。
「……痛いだろうなぁ」
「あの、ケン太さん? いったい何処を、何で狙っておいでで?」
彼が訊ねると、彼女は今一度、蹄を石畳
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