It is a story to name in Doppelganger

彼女に振られた。
理由は至極シンプルだ。

「他に好きな人が出来た」

それだけを一方的に告げられた。
何とか直接彼女と話そうとコンタクトを取ろうとしたが、にべもなく断られ2人の恋人関係は終わった。

失恋によるメンタルダメージはそう簡単に抜けず、俺はそれから三日間何もする気力が起きなかった。
仕事も休んで、ひたすらに惰眠を貪っていると来客を告げるインターホンが鳴り響く。
居留守を決め込もうとベッドのシーツを頭から被って、音を遮断しようとする。
何度も、何度も鳴らされるインターホン。
……何てしつこい客だ。
セールスの類ならとっとと諦めて次に向かいそうな物だが……
ひょっとしたら何か火急の要件だろうか?
だとしたらちゃんと応対しないと面倒な事になりそうだ……
俺は渋々体を起こし、玄関に向かう。
念の為ドアスコープから覗いて客の風貌を確認してみると、そこには意外な人物がいた。
丸い覗き穴から見えた来客の正体は三日前俺に一方的に別れを告げた彼女だった。
嫌な予感がする……自分から捨てた男に元カノが会いに来る理由なんて、明るいイメージを抱く方が難しい。
とはいえこのままずっとインターホンを鳴らされ続けるのも困る。
俺はため息をつきながら、ドアチェーンを掛けた後にドアをわずかに開く。
『何の用だ』と彼女に問いかける。
久しぶりに聞いた自分の声はどこかしゃがれた声に感じられた。
彼女は俺の顔を見るなり、安心した様な朗らかな笑顔を浮かべて用件を語り出した。
……彼女の言う事を要約するとこうだ。
『他に好きな人が出来た、というのは気の迷いだった。自分が本当に好きなのは俺だけだからヨリを戻して欲しい』と……
俺は彼女の言葉を聞いた後に俯いて下唇を噛み締める。
勘弁してくれよ……いくら何でもそりゃあ無いだろう?
三日だぞ
#8265;
#65038; 気まぐれなガキじゃあるまいし、たった三日でコロコロ心変わりする様な相手の言う事をどう信じろと言うんだ……!
俺は絞り出す様な声で、『帰ってくれ、今はとてもそんな気分になれない』と伝えてドアを閉めた。
その後も何度かインターホンが鳴らされたが無視した。
俺は自分の中にあるドロドロとした感情を振り切る様にベッドに倒れ込む。
これで良かったんだ……何よりあのまま話していたら、俺はきっと彼女に酷い暴言を吐いていただろう。
それ程に彼女の言っている事は虫が良すぎた。
自分から捨てておいて、わずか三日で元サヤに戻りたいとか人の心を何だと思ってるんだ……!
眠ろう……今はもう何も考えたくない。
このまま眠って、眠り続けて……ここ数日の出来事が全て夢だったならどんなに救われるだろうか……
そうやって現実逃避しながら、俺は意識を手放した。

それから1ヶ月が経過した。
どれほど心が傷ついていても、生活していく為には労働しなければならない。
もちろん俺も例外ではなくあの日の翌日から仕事に復帰した。
皮肉な事に必死になって仕事をしている間は辛い事を忘れる事ができた。
ひょっとしたらワーカホリックとか呼ばれる人達は、何か辛い事を忘れる為に仕事に打ち込んでいるのかもしれない。
あっと言う間に仕事が終わり、家に帰ると……やはり今日も居た。
彼女が俺の家の前で待っていたのだ。
あの日からほぼ毎日俺の帰りを待っては、復縁を懇願して来る。
……正直ウンザリしていた。
仕事で疲れ果てて早く休みたいのに、家に入る前に彼女と問答しなければならないからだ。
俺の顔を見るなり心配そうな顔でこちらに駆け寄ってくる。

顔色が悪いよ? ちゃんとご飯食べてる? 夜しっかり眠れてる?

矢継ぎ早に質問を浴びせてくる彼女を無視して、その横を通り過ぎようとした瞬間。
ストン……と膝が落ちた。次いで頬に冷たい感触。
何が起こったかわからない……!
体の感覚が曖昧になって、視界が真っ暗になる。
まるで眠る時の様に、俺の意識はそこで途絶えた。

……意識を取り戻した俺の視界に最初に映ったのは、白い天井と彼女の顔。
ここは……どこだ?
目を覚ました俺に彼女は状況を説明してくれる。
ここは病院で俺は救急車でここに運ばれたのだ、と。
その後、看護師や医者がやって来て色々と話を聞かせてくれた。
自分の症状は典型的な過労による物で……今回は大事なかったが、一歩間違えば命に関わっていた、と。
そうか……俺はそんな危ない状態だったのか。
自分の体にそこまで疲れが溜まっていたなんて……
医者と看護師が去った後、彼女は俺の手を取って涙ながらにこう訴えて来た。

どうかあなた自身を大事にして……!
あなたに何かあれば私は、私は……!

そう言って俺の手を握りしめる彼女の手は柔らかくて、とても暖かで……そこから優しい気持ちが伝わって来る。
ひょっとして俺は誤解していたのだろうか…
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