屈服のベクトル

突然で申し訳ないが自己紹介をさせていただく。
ボクの名前は、セアリアス。大陸の北に位置する火山の麓にある村に暮らしていた。
普通に生まれたボクは普通に暮らし、普通に勉強し普通に遊び、そして16歳を迎え、その後も普通に育っていくのだろう、と思っていた。

あまかった、あまあまだった。友達の作るドーナツよりあまかった

唐突にボクはイケニエにされてしまったのだ。
イケニエ、サクリファイスでもいい、同じだから。

イケニエ、というのはもともとこの村にあった習慣ではない。しかし最近火山の方から恐ろしい遠吠えが聞こえてくるようになり、さらに、地面を焼き焦がしたような『足跡』がみつかったのだ。

村長はいった。この村に、魔物が来たのかもしれない、と……

魔物。大陸に広く分布する魔王が生み出した邪悪な生物。この辺りには生息していなかったので此処にたまにくる教団の騎士の話でしか聞いたことはないが……

『魔物はな、様々な種類のがいるが、一つとして例外なく醜悪で、残忍で、薄汚い。人間に対してなぶることしか考えてない野蛮な奴らだ』

と、教えられた。そんなやつらが村に降りてきたら、たまったものではない!

というわけで、また騎士が巡回に訪れる三ヶ月のあいだを凌ぐためイケニエを出すことになったのだ。
老若男女関係なく、全員が恐る恐るクジを引いた(なんとイケニエはくじ引きで決めたのだ!!)

そして、ボクは引いてしまった。先端が黒く塗られたあたりクジを。



「……はぁ」

ため息が無意識のうちに喉を這い出て吐き出される。
なにしろ今からイケニエとして貪り食われに行くのだ、楽しいはずがない。

「……おまけに、この山道だもんなぁ」

この火山には人の手がほとんど入っていない、従って歩くのは荒れ果てた獣道ということになる。
死にに行くために辛い道を進まなければならない、とことん貧乏くじだ。

「はぁ……」

ため息は際限なく出てくる。本当は今すぐにでも逃げ出したい。
しかし村にはボクが後戻りできないよう、武器を持った大人たちが見張っている。
かといって、この辺りに他の集落はなく、徒歩だと4日はかかるだろう。
よって他の村へ逃げることもできない。

「はああぁぁ……」

数えるのも億劫な溜息を吐きながらノロノロと山を登る。
傾斜がきつく、足がきつくなってきた。

「なんで、こんな辛い思いをしなきゃいけないんだ」

たった一度のくじ運でこんな悲惨な目にあうなど誰が予想できるのか。ボクはもう、泣き出してしまいたかった。

「でも、ここであきらめたりしないぞ」

しかし、前を向く。
生き残れる可能性は0ではないし、1日生き延びたら帰ってもいいと言われている。幸い水と簡単な食べ物だけはもらえたので、どこかに隠れて耐え凌げばいいんだ。



歩き続けてボクはようやく、身を隠すにちょうど良さそうな場所を見つけた。

「ここなら、大丈夫かな?」

岸壁にぽっかりと空いた洞穴。昔この山から鉱石を発掘していたらしいがその名残だろう。
崩落の心配も特になさそうだ。

「よしっ」

ボクは生き残るために、その洞窟の中へと足を進めた……
ガサ、と、背後から音が聞こえたために半ば逃げるように

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「今更、だけど……」

カツン、カツンと、なんとなく足音を忍ばせて歩くうち、僕は一つ嫌なことを考えてしまった。

「この洞窟にその魔物が住んでるって可能性は……」

冷や汗が頬を伝う。もう随分と奥にきてしまったがやはり引き返すべきか……

「いや、こうなったら腹をくくれ」

もうここまできたらヤケだ。流石にそこまで不幸は連続しないだろう。してたまるか!!!

歩く内に、ボクは洞窟の最奥部(恐らく)にたどり着いた。
そこまで大きなものではなかったらしく、僅かだが外の明かりがここまで届く。

「……ふぅ」

どさっと、腰を下ろした。岩肌の座り心地は悪いが気にしてはいられない。
一日中歩きっぱなしだった足は随分前から休ませろと叫んでいたのだ。

「……ぅ」

疲れでいよいよ眠気が襲ってきた。水筒の水を一口含み、飲み干す。そしてボクは体を横にした。

(ここなら、だいじょうぶだよね……)

不安を振り払い、睡魔に身を委ねる。願わくば、またこの瞳を開くことができますように……

−−−そしてボクはねむりについた




スタ……スタ……

(なんの、おと、だ……?)

スタ……スタ……

(足音、か?こんなところに誰が……こんなところ?)

スタ……スタ……

(こんなところってなんだ、今ボクはどこにいるんだっけ……あぁそうだ洞窟だっけな。魔物から身を隠すため……)

(魔物?)

「っ!?」

それはもう一瞬で意識が覚醒した。ボク以外の足音がこの洞窟内でするということは…
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