「エアー、少し話があるんだけど」
冬の寒さも終わりを告げ、柔らかな日差しが花々を照らし始める頃、お昼を終えてお皿洗いをする私にダンは話しかけてきた
「なによ、ダン」
ダン、というのはあいつのフルネーム、アンブラル・ダークナイトのなかから、ダークナイト、『D』ark 『N』ight からとった渾名だ。
さすがに私が10になるまで、しっかりと育ててくれたダンを、あいつ、こいつ、そいつなどと呼ぶのは気が引けて、しかしファーストネームで呼ぶのは気恥ずかし……戸惑われる私が考えた呼び方である。(ふふーん♪
「実はね、少し野暮用があって家を数日開けることになるんだ」
そのダンの言葉に思わず私は振り向いた。
ダンは今までこの家を丸一日以上空けることは、なかった。
もちろん、私の代わりに薪拾いや消耗品の買い出しなどは行ってくれたのだが、時計が6時を指すまでには帰ってきて、までには帰ってきて私に晩御飯を作ってくれたのだ。
それがいきなり、数日も空ける、である。
私は言いようのない不安に襲われた。
「なんで、そんな級に?」
「うん、実は昔の友人が結婚式を執り行うんだけど、そこは少し遠くてね。明日の夜には出発しないと間に合わないんだ」
「けっこんしき……」
なるほど、納得である。遠方の友人を訪ねるなら日数がかかるのもうなずけるし、結婚式という大事な行事のためならその手間をかけてまで行くのも当然だろう。
「その間、留守番を頼みたいんだ。食料は干し肉や野菜は保存庫に置いてある。パンは確か焼けるんだよね?」
「ええ」
「じゃあ、お願いしても大丈夫かい?」
「もちろん」
ダンは今まで私を第一に育ててくれたのだ。数日程度の留守を受け持つのは当然だろう。それにこの家は私とダンの『家』なのだ。守らない道理はない。
「そうか、よかった。万が一に備えて少しお金も置いてくから。じゃあよろしくね」
「任せておきなさい」
そして、翌日の夜、ダンは出発した。なにやら凄まじいまでに黒い服に黒鉄の剣を7本も持って行ったが。
そして……ダンが出発してから、今日で30日目になる……
「ダン……」
机の上で今日も私はため息をつく。
保存庫にあった食料、小麦は一人で食べ尽くすにはまだまだ余裕があり、あいつが少しと言っておいていったお金は一年はゆうに暮らせるほどの量だった。
おかげで私はずっと読みたかった本を街まで買いに行ってしまったが、それを何度も読んでもまだダンは帰ってこないのだ……
「ダン……いまどこにいるの……私さみしいよ……」
ダンのぬくもりを思い出して自分の体を抱きしめる。しかし、優しく頭を撫でてくれる手も、心地よい言葉を紡ぐ口も、抱きしめてくれる体も、今ここにはいない
「ダン……」
コトン
「!」
と、そんな時に突然、扉に備え付けられた小さな穴から何かが放り込まれた。
「なにかしら……」
一ヶ月間の孤独に明け暮れた私はその何かに吸い寄せられるように近づいて行き、手にとった。
「……手紙?」
薄紫の綺麗な封筒に豪奢な印が押されている手紙である。差出人の名前はなく、ただ、エアベレス様へと書かれている。
「私宛の、手紙なんて……」
今までに一度もなかったことだ。ここに届く届け物など、かならずダン宛のものだった。
無性に気になり、私宛だからと誰にもわからぬ言い訳をして、私はその封を切り中身を覗き込んだ。
「手紙……」
背景 エアベレス グレートリーフ様へ
あなたの愛しいアンブラルさんは、魔王城で預かっております。返してほしくば魔王城までお越しくださいませ。
なお、道中きっと危険な目にあうと思うのでしっかりと護身用の武具を備え付けて下さいますように
敬具 アンブラル大好きエルディンより
「……は?」
私は、しばらく手紙の中身が理解できなかった。
そして、気がついた。ダンは、ダンは魔王に捕らえられてしまったのだ!!
(助けなきゃ!!)
私は慌てて外へ飛び出ようとして……足を止めた。
(魔王城って、どこにあるの……?)
私は魔王城の場所など知らなかった。本棚にある大陸地図を開いてみたがそこにも載っていない。
(じゃあ、どうすれば……あ!)
私はふと思い出し、ダンの部屋へと駆け込んだ。ダンのベッドの隣にある棚を開き、目当てのものを探し当てる。
「あった!祈りの球!」
祈りの球、それは、使ったものの最も大切なものがどこにあるかを探し当てるマジックアイテムだ。
これを使えばダンのいる場所が……!
「ダンはどこ……ダンはどこ……?」
祈りを続けるうちにやがて球が明るく輝き一筋の光を発した。光は家の壁の遥か向こう、北の大地を指している。
「そこに……ダンがいるのね…
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