「子供たち喜んでくれるでしょうか?」
宵闇に煌めく銀髪をたなびかせる彼女が呟く。その声音は不安というよりも期待に傾いていた。
サク、サクと決まったリズムで雪を踏みしめる音は心地いい。振り返ると山道に積もった雪にはホリーが残した足跡だけが延々と続いていた。人の身ならば苦労する山の雪道もホリーなら難無く踏破できる。
それも当然だ。クルス・スチュアートこと私の妻、ホリー・スチュアートは人間ではない。ホワイトホーン。豊かな体毛に覆われた馬の下半身を持つ魔物娘だからだ。
「ああ、もちろんだとも」
彼女の腰に腕を回してその背中を抱き締める。厚手の防寒着越しでもわかるホリーの温かさとその身体のふくよかさ。温泉に浸かっているかのように心地いい。
雪はしんしんと降り続いているが、ホリーの傍にいるだけで寒さはもう微塵とも感じない。
「もう、眠らないでくださいね? 今日の神父様はサンタさんなのですから」
「はは、ついね。ホリーの身体はお日様のように温かくて、それに君の背の揺れもゆりかごのように心地いいからさ」
ホリーは口を尖らせるが、本気で怒ってはいまい。体温の上昇から察するにむしろ喜んでいるだろう。ただ、いま理性を放り投げて一対の雄と雌になるわけにはいかない。
私が背負っている白い袋に入ったクリスマスプレゼントを教会で暮らす子供たちに届けないといけないのだ。
「こうして歩くと神父様と初めて会ったときのことを思い出しますわ」
「そうだな。あの日もこんな風に雪が降っていたか」
何年も前の話だ。宣教師として主神教の教えを広めるために旅をしていた若い頃の私は、麓の村を目指すために山越えを行った。その際、手助けしてくれたのがホリーだった。
「ふふ、神父様ったら照れて全然わたしの腰に手を回そうとしませんもの。落とさないようにするの大変でしたわ」
「あ、あの頃はまだ私と君はそういう関係ではなかったからでな。無暗に男女が身体をくっつけるのはよくないだろう」
主神教所属であった私だが、そこまで魔物に対し排斥的な感情はそのときから持っていなかった、と思う。少なくとも、山越えの手伝いをしたいというホリーの申し出を素直に受け入れられるくらいには。
旅をする仕事柄、魔物娘の真意というのは否応にも耳に届く。昔は本当に悪い魔物は人を喰らっていたそうだが、いまは違う。ならばより良い付き合い方を模索するべきだろう。
故に麓の村に教会を建て、そこに住まう魔物娘に対しても主神教の教えを広めることにした。互いが誤解無くより良い隣人になるために必要だと思ったからだ。おかげで上から宣教師の任は解かれ、破門ともされたが後悔は微塵もない。信仰に他人の許可は必要ないのだ。
無論、村での私自身の問題は山とあったが、ホリーの助力もあり、私は村に受け入れられていった。色々と村人の悩みを聞くことも次第に増えていった。捨て子の存在がその最たるものだろう。
いまいる山は、貧しい親が子を捨てるのに度々使われている。子と言ってもほとんどが赤子、ないし右も左もわからぬ小さな子ばかりだ。
普通ならばそういった子たちは厳しい雪山の中で凍死するか、熊や狼に食われることが多い。しかし、ここは魔物の雪山。雪の女王が統治する山だ。そういった子供たちのもとにはすぐにグラキエスなどが派遣され、保護される。が、その後の面倒を見るというのはなかなか厄介なのだそうだ。そこで孤児たちの多くを教会で預かることとなった。
孤児院としての教会は珍しくない。極度の貧民の寝床として開放している教会も多々ある。未来を担う子供たちを保護することは、教会の役割としてこれ以上なく相応しいものだろう。
が、如何せん子供たちの数は多く、そして私もまだまだ人生経験不足であった。
そこでもホリーに度々助けられた。毎日のように教会に通ってくれ、泊まり込みをしては子供たちの世話のみならず、自身のことは二の次になりがちな私の世話も焼いてくれた。
ホリーがいなければ間違いなく、それらの難局を乗り越えることはできなかっただろう。
「……どうしましたか、神父様? 笑い声が漏れていますよ」
「ああ、そうか。いやそうだな。君が出会った頃のことを話すものだから、つい君に結婚を申し出たことを思い出してしまった」
「まぁ」
ホリーが顔だけ振り返る。端正な顔立ち。幾度見ても見惚れてしまうその顔は火照り、熟れた果実を思わせる色香を放っている。
「ムードも何もなくいまさらながら失策だったと、恥じるばかりだ」
「ふふ、神父様らしかったですよ。少し回りくどかった気がしますが」
「むぅ」
思い出しても確かに回りくどい。教会の聖堂に並ぶ長椅子に座ってのやり取りだ。
『その、ええと、ホリー。もう通うのはやめにしないか、君の家と教会を』
『迷惑、でしたでしょう
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