▼マキィヴァ其の四
櫛に髪や体毛を梳かれる感覚は気持ちよく、髪を持つ清嗣の手は温かい。意識がふわりふわりと浮かんでは揺られるような、温かいゆりかごにいる心地よさにマキィヴァはいつの間にか舟を漕いでいた。
まどろみに呑まれて眠る。人が真後ろにいるにも関わらず。それでも清嗣ならば安心して身を任せられる。マキィヴァはそっと瞼を自ら閉じた。
「…………っ!?」
そして次に目を開けたとき、マキィヴァは岩も敵わないほど硬直した。
眼前に清嗣の顔があったせいだった。それも彼も目を瞑り、静かに寝息を立てている。
叫びそうになったのを堪えられたのは、彼が寝ていたからだろう。起こしてはいけないと思ったのだ。
冷静に自分の置かれた状況を把握する。草の上に横たわっている。場所は動いていない。自分は横向きに寝ている。清嗣も同様。そして。
「腕、まくら?」
清嗣の腕が自分の頭の下にあった。
清嗣に腕枕をされて寝ていたのだった。恐らく寝落ちして倒れた拍子に腕枕をしてもらい、そのあと寝返りを打ってこうなった。清嗣も動くに動けずそのまま一緒に寝てしまったのだ、とマキィヴァは推察する。
しかも敷物のように彼の羽織が上半身の下にある。見ようによっては清嗣の腕の中に抱かれているようだ。
この体勢なかなかに難儀ではあったが、同時に幸運でもあった。清嗣の顔をじっと見られる。こんなにも近くにいられる。彼が眠っているおかげか、不思議と恥ずかしさはそこまで湧いてこない。
尾を回して、起こさないよう清嗣の身体を寄せる。ふわふわの体毛で包む。肌寒くなってきていたのでちょうど良いだろう。
まさに至福の時間だった。好きになった人とこれほど近くにいられるのだから。
「ふ、ふふ、ふふ、ふふふふふふふ」
「何か良いことでもあったか?」
だが至福の時間は唐突に終わりを迎えた。悦びに浸っている間に清嗣が目覚めたのだ。しかもよりによって気味の悪い笑い声を漏らしているときに。
「あ、あ、ああぁ」
顔が紅潮するのが自分でもわかる。黒褐色が茹蛸のようになっているのもわかる。羞恥は爆発寸前。
「むぅ、離すでない。まだこのままでいよう、まき」
「あぅあぅ……よ、汚れるから、羽織、きよつぐの羽織汚れちゃうから……!」
「仔細ない。其方を抱く方が大事だ」
腕枕にした腕ともう片方の腕で後頭部と腰を抱かれ、逃げようとする出鼻をくじかれた。きっと本気で抜け出そうとすれば逃れられる。しかし清嗣に抱かれているという状況から抜けたくないと、本能が叫んで理性を叩き潰す。
「温かいな、まきの身体は。尾の毛もふわふわだ。しかし蛇の尾というのはこうも弾力があるのだな。これも気持ちよい。抱きしめたくなる、いや、抱きしめられたくなるな」
「あぅあぅあぅあぅ、そんなこと言われると……うぅ」
もはや殺し文句である。つい本能に負け清嗣の背に回した尾を押し付けたが、より顔が近づく形になり羞恥で自滅した。
下手に動けばさらにボロが出る。マキィヴァは大人しくすることにした。さすがに恥ずかしいので顔は両手で隠すことにしたが。
「安心しろ。もう日も沈み始めて暗い。其方の顔はよく見えん」
「…………」
ならばと両手を退けたのだが、清嗣の目線はばっちりこちらの目線を捕らえていた。
「うむ。やはり、其方の顔は見目麗しいな」
思い切り嘘だった。嘘つかないと言っていたくせにこれである。恨めしそうに睨んだが、それが伝わった様子はない。清嗣はますます笑みを深めるばかりだ。
「すまんすまん。せっかく其方の綺麗な顔がこんなにも近くにあるのだからな。それを見れなくては勿体ないだろう。それに其方も俺の顔を見ただろう。お相子だ」
「ぅぅ、きよつぐのいじわる……」
そう言われては隠すわけにもいかない。仕方のないことなのだと自分に言い聞かせ、マキィヴァは顔を隠すのをやめる。
穏やかな笑みを浮かべる清嗣が手を伸ばしてくる。傾く前髪を整えて、目にかからないようにしてくれた。
「まきの髪は長いな。切ってはいるのか?」
「つ、爪で、たまに……」
前髪はばっさりと横に切る。最近は切ってなかったので、目がやや隠れがちだった。
「そうか。簪でも贈ろうか」
「かんざし?」
「髪留めだ。こうも綺麗な髪なのだ。バッサリ切るのも忍びない。あぁ、其方にはどれが似合うだろうな。白く美しい髪だ。あまり派手すぎないのがいいな」
その姿を思い浮かべているのか、清嗣は優し気に目尻を垂らしている。
自分のことを大事に想ってくれているのがありありとわかる。胸の辺りが温かくなった。こんなことは初めてだった。他人を考えても感じるのは息苦しさに似た何かだった。辛くさえあった。
しかし清嗣を考えると胸が温かくなる。こうして傍にいると感じたことがないほど穏やかな気分にな
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