異変だとわかっていた。
理解はしていた。
けれど頭の片隅でいつか治るだろうと思っていた。
水だって俺の唾液やら精液やら飲んでいたら必要としないイヴだ。普通じゃない。だからきっと大丈夫だろうと。
だけどそれは問題を棚上げにしていたに過ぎなかった。
もっと早く行動に移すべきだと俺は後悔した。
「なんで、こんなに……」
種からイヴを育てて二か月。二週間前まではゴルフボール程度だった瘤が、妊婦さんのお腹くらいに膨らんでいた。明らかな異常。瘤は身体全体を俯瞰してみればちょうど中央にあり、そこは頭となる蕾の蔓だ。
かなりの重さのためか、イヴの動きが鈍く、蔓を握ってもいつものように強く握り返してくれない。
「イ、イヴ、大丈夫か? 痛くないか? 辛くないか? ああ、くそ」
昨日まではサッカーボールにも満たない大きさだったはずだ。なのにこの一晩で一気に膨らんだ。いつも通りの日で特に変わったことはしていない。いつものようにセックスをして一緒に寝ただけだ。
イヴも特に不調を示すようなこともなかった。いつも通りだったんだ。
なのに、なんでこんなに悪化したのか。思い当たる節が全然見当たらない。
「イヴ」
頬を蔓が撫でてくれるが、とても弱々しい。明らかに弱っているようにも見える。心配させまいとしているのか、そんな素振りは全然見せようとしないし、助けを求めるような仕草もしてこない。
明らかに弱っているのに。辛いはずなのに。
「イヴ……イヴ……?」
そして不意にそのときは訪れた。
俺の頬を撫でる蔓。それに手を重ねようとした瞬間、蔓が滑り落ちた。
イヴの身体が、全身の蔓が、まるで電池の切れた人形のようにぱたりと動かなくなった。
「イヴ……?」
ベッドに力なく倒れるイヴ。蔓が動かない。蕾が開かない。
「な、何の冗談だよ、イヴ。なぁ、いきなりそんなことしても騙されないから、俺。おい、起きろよ。起きて、くれよ。なぁイヴ」
反応はなかった。それこそまるで、本当の植物のように。イヴは物言わぬ身体になった。
いや、それどころか、本当に生きているのか?
イヴはいま、もしかして、死ん――。
「あ、あああああっ、あああああああああっ!! イヴ! イヴッ!」
自覚した瞬間、頭が真っ白になった。イヴの身体を掴んで何度も揺する。彼女の名前を呼び掛ける。
でも返事はない。俺の手を握り返してくれることもない。
生きているのかわからない。
「ッ! イヴごめんな!」
蕾をこじ開けて触手舌を摘まむ。軽く握っても反応はない。ただ、蜜は滲み出ていた。
蜜は出る。でもこれが正常な状態かわからない。いや、いきなり動かなくなったいまのイヴが正常な状態なわけがない。
「どうしたら、どうしたらいい。医者? 医者ってなんだ。イヴを診られる医者なんているのか? 植物だぞ。動いていたなんてそんなこと、信じてくれる人はいるもんか」
ネットで調べる? それならまだ植物に詳しい人に聞いた方がマシだ。花屋さんに詳しい人に紹介してもらって。でも、動く植物だなんて言って信じてもらえるわけがない。ただこの瘤が何なのかだけでも聞けば、アドバイスをくれるか? これが植物全般にかかる病気なのかそれだけでもわかれば。
いや違う。何の病気かなんて関係ない。問題は治せるか治せないか。イヴが助かるかどうか、それだけだ。
どうする。どうすればいい。考えろ。考えろ考えろ。イヴ。イヴ。イヴ!
イヴを助けるために必要なこと。それだけを考えるんだ。イヴの身体に詳しい人。誰だ。誰か。
「あ」
目についたのはテンタクルの種が入っていた袋と一緒に入っていた手書きの説明書。
「いた。あの狸柄の女だ」
俺に種を渡してきたあの女ならきっと何か知っている。イヴを助けるための手段を持ち合わせているかもしれない。
説明書に連絡先は……ない。電話番号もそれらしい住所も書いていない。
くそ。どうやってあの狸女を探す? 闇雲に探しても見つかるはずがない。
「…………」
イヴは動かない。助けを求められない。俺しか、いない。
だったら、俺が動くしかない。あてがなくても、どこにいるともしれなくても、このまま家で手をこまねいている場合じゃない。
「イヴ。頼むから、頑張ってくれよ。絶対に、お前を助けてやるから」
イヴの蕾がつぶれないよう、身体の位置を調整してベッドに寝かせ俺は部屋を後にした。
必ず見つける。イヴを助けるためだったら、なんだってしてやる。
そう息巻いて出てきたものの、やはり見つからない。最初に向かったのはあの狸女と遭遇した高校の帰り道。車道が横にある普通の道だが、あの女の姿はない。
半纏というこの時代には浮いた服装だ。視界に入りさえすれば見逃すはずがない。だからとにかく動き回って探すしかなか
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