神城高校二年生の宿木稔(やどりぎみのる)こと俺は高校の帰り道、奇妙な女に遭った。
 そいつは狸のような模様があちこちに描かれた半纏と七分丈のズボンを穿いた変わった風体をしていた。
 何よりおかしかったのが背中に背負うもの。得体のしれないナニカが伸びたり詰まったりしている木籠だった。
 とにかくこの現代日本に似つかわしくない恰好をしている。
 まるで江戸時代からタイムスリップしてきたかのような女だ。
 そして極めつけは語尾に「っす」と付ける変な喋り口調でもあった。そんな口調、中途半端な敬語を使ってる後輩くらいからしか聞いたことがない。
「色々試供品を配って回ってるんっす。良かったらどうぞっす」
 そう言って女に押し売りよろしく小袋を持たせられた。
 正直断りたかったんだけど顔はとても美人だったから断れなかった。うん、俺だって男だし。
 まぁタダなら貰ってもいいかと思っていたけど、これが何かは聞かなくちゃ始まらない。
 だけど、突然の珍客に、狸服の女は慌てたように逃げて行った。
「待て! キサラギ! 今日という今日は逃がさんぞ!」
「いつまで追ってくるんっすかティーちゃん! いい加減しつこいっす!」
「その名で呼ぶな! お前が私に捕まるまでだ!!」
 青髪の際どい軽鎧の女に追われて。
 うーん、目が疲れているのか。それとも近くでコスプレイベントでもあるのか。角らしきようなものも女の頭から見えたような。
「疲れてるんだな。うん、帰ろう」
 漫画の世界よろしく悪魔っ子なんて存在するわけないし。帰って寝て忘れよう。

「種?」
 狸女に貰った小袋の中にはBB弾より一回り大きいくらいの種子が一粒入っていた。緑と濃紫色が混じり合った若干毒々しい見た目の種だ。
「観葉植物でも育てろってか?」
 ガーデニングの趣味はないんだけどなぁ。
 ん。これ、説明書か?
『テンタクルの育て方』
 てんたくる? なんだそれ。手書きだし。
『テンタクルは蔦状植物の一種っす。基本的にアサガオの育て方と同じなのでネットでも何でも見て育ててくださいっす。でも間引きは必要ないっすよ。育つに任せてれば問題ないっす』
 うわー、適当。というか説明ぶん投げてるな。まあ、図もない言葉だけの説明されてもこっちとしてはわからないから、この説明が適切なのかもしれないけど。
 しかし、アサガオか。小学生の頃育てた覚えあるけど正直どうやったか覚えていない。
『一番重要なのは愛情っす。毎日声をかけてあげるとすくすく育つっす。それと自分の部屋で育てるのがイイっす。窓際で太陽の当たる場所かつ布団の近くだともっとイイっす』
 植物に音楽を聞かせると発育がよくなるとか聞いたことはある。左手が鬼の手の先生が出てくる漫画で見た。
 それと室内か。
 俺の部屋はクローゼットに漫画本の棚と勉強机、テレビにゲーム本体一式。そしてカーテンのある出窓の下にベッド。朝日が差し込むのでちょうどいい。まるで狙ったかのような場所だ。いや、狙われたのか?
 出窓部分はかなり広く、少なくとも育ち切る前のアサガオなら置く高さも幅もある。虫が寄ってこないか心配だけど、酷いようなら外に出せばいいか。
『そこそこ育つと透明な蜜を出すから飲んでみるといいっすよ。甘くて美味しいっす』
 へぇ、蜜が飲めるのか。家庭菜園でトマトが採れるとかそんな感じかな。
『あと最後。もしこの植物にシテみたいと思うことがあったら、迷わずするっす。そうしたらもう完璧。テンタクルは君好みのコに育つっす』
 そこで説明は終わっていた。最後だけまるで意味がわからない。
 まぁでも頑張って育てれば、それなりに楽しませてくれるってことかな。
 幸い、部活のノリについていけなくて辞めたばかりだし。うん、現状帰宅部の俺は放課後から寝るまでほぼ暇なのだ。友達は皆部活漬けで忙しいし。
 よし、折角だ。一丁やるとしよう。

 両掌にギリギリ収まる程度の鉢に、軽石を敷いて買ってきた培養土を注ぐ。
 で、指で土に穴を開けて種を置くと。種には前日のうちに外皮に切り込みも入れて、水も浸けてある。アサガオと同じらしいし、これで問題ないだろう。
 それから土が乾かないように水やりを続ける、と。
 外じゃないので水を鉢の底から流しっぱなしというわけにはいかない。バケツで受け止める必要があったけど、まあ必要な労働と思おう。
 あとはとりあえず芽が出るのを待つのみ。間引きとかはしないでいいみたいだけど、どこまでアサガオと同じように育てればいいのやら。
 母さんに聞いても『テンタクル』なんて植物聞いたことも見たこともないって言うし。というか、いきなり植物育てるとか言い始めた俺に頭大丈夫かという目で見られた。放っておいてくれ。
 しかし、小学生の頃にアサガオを育てていたけれど、実際やってみても
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