夢を見た。
お姉さんが、僕に呼び掛ける夢だ。
僕は倒れていて、身体がぴくりとも動かない。
そんな僕にお姉さんは、涙をいっぱい流して、ごめんなさいごめんなさいと呼び掛ける。
そんな夢だ。
僕は悲しそうなお姉さんを見るのが辛くて、笑おうとがんばった。でもお姉さんは泣いたままで。
僕は、お姉さんを笑顔にすることはできないのかなぁ。
ふと考える。
お姉さんは僕を幸せにしてくれたてた。
でも、僕はお姉さんを幸せにしてあげられてたのかなぁ。
――神様。
もしあなたが本当にいるのなら。
お願いです。
僕にもう一度。
もう一度、お姉さんを幸せにするチャンスをください。
絶対に。絶対にお姉さんを幸せにしてみせますから。
神様。お願いです。
優しい女の人の声が、聞こえた気がした。
―∞―
目を開くと真っ先に移ったのは薄灰色の天井。いつも見慣れた僕の家の天井じゃなかった。
身体の痛みと気怠さが、僕が死んでいないということを教えてくれる。
僕はまだ生きている。
痛みに堪えながらも、身体を起こす。僕が寝ていたのはベッドの上。見渡すと無駄なものはないという感じの部屋。ここには覚えがある。そう、お姉さんのアパートだ。
どうして僕はここに?というか、道で倒れた僕がどうしてここに?
普通に考えたら、誰かが僕を運んできてくれたのだろう。そして、この家に運ぶとしたら一人しかいない。
お姉さんが僕を助けてくれた?
そうだ。それしか考えられない。あの夢。あれは夢じゃなかったんだ。お姉さんだったんだ。お姉さんが僕を助けてくれたんだ。
そう思うと胸が熱くなる。お姉さんはまた僕を助けてくれた。
お姉さん、お姉さん、お姉さん。
「あ……」
「……あ」
お姉さんだ。
ユニットバスのところから顔を出して、こちらを見ている。
お姉さんに見られた。そのことが堪らなく嬉しい。
「あの、お姉さ」
僕が声をかけようとするも、それを拒絶するかのようにユニットバスの扉は閉まる。
「目が醒めたんだね。……もう動けるんなら、早くお家に帰って。もう、私を捜さないで」
「どうして。どうしてお姉さんはそんなことを言うの?お姉さんになにがあったの?僕は、お姉さんと離れたくないよ」
僕は、僕の気持ちを言う。どうしてお姉さんが僕から離れたがるのか、それが知りたかった。
「私は、穢れたの。だからユウくんに会うことはできない」
「そんなんじゃ納得できないよ!お姉さん、どうしてそんなところにいるの?こっちに来てよ」
僕を見てよ。
「…………ダメだよ。私は穢れたの。そんな姿を見たら、ユウくんは絶対に私を嫌いになる。私は、ユウくんに嫌われたくない」
まるで少し前の僕のような、泣いて震えた声でお姉さんは言う。
お姉さんは怖がっている。僕に見られることを怖がっている。
穢れている?お姉さんが?
「僕は、お姉さんが穢れているかなんて関係ない。そんなこと知らない。お姉さんは僕にとってはお姉さんなんだ。どんな姿でも構わない」
「………………嘘。絶対、ユウくんは嫌いになるよ」
小さく、今にも消えてしまいそうにお姉さんは言う。あの強いお姉さんが今はこんなにも弱々しくて、それが僕に嫌われたくないからで。僕は、お姉さんを助けたい。
「嘘じゃないよ、僕はお姉さんのことが、」
僕は想いを伝えようとする。だけど、お姉さんは僕の言葉を遮るようにして、ユニットバスの扉を開き、部屋に出てきた。
僕は言葉を失った。
お姉さんは、人間じゃなくなっていた。
「これでも、同じことを言える?嫌いに、ならない?」
お姉さんは涙を笑いながら流して、晒す。
下半身。お姉さんの下半身に広がる。ピンク色の触手。無数に伸び、自由に伸び、うねうねと動く触手。
お姉さんはそれを僕に見せる。これでもかというほどに見せつける。
もう自暴自棄といった様子で、その表情には諦めの泣き笑いが浮かんでいた。
「あは、は……は、は。こんな気持ち悪いもの、あるんだよ?ね。私はユウくんと一緒にいる資格なんてないよ。だから、帰って。もう、私はユウくんの前に姿現さないから。帰って」
ボロボロボロボロ、お姉さんは涙を流す。お姉さんは嘘つきだ。大嘘つきだ。お姉さんは僕に帰ってほしくない。帰ってほしくないんだ。
「……………………」
僕はなにも言えない。
お姉さんから生える触手を見て、僕の正直な感想は、きれい、だった。
鮮やかなピンク色。艶やかな表面。誘うように揺れる触手たち。
お姉さんから生えるそれらは、僕の言葉では言い表せないくらい、美しくて、穢れているなんて到底思えなかった。
でも、僕はそれを口に出せなかった。
僕が口下手なのもある。お姉さんに思いの丈を伝えきれると思えなかった。それに今のお姉さんに、
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