第四話

―11―

 泣きまくったその日の夜中、もう皆が寝静まった頃、アタシは火照った身体を冷やすために外に出ていた。眩い月明りを浴びて頭が落ち着いてくると、ふと前のルーリアがどんなだったのか気になりだした。
 アタシは考えるのが苦手だ。身体を動かす方が性に合ってる。だから、森の中に入った。シャルの母親から聞いていた、ルーリアの墓がある山に向かうためだ。
 詳しい場所は知らないけど、おおよその位置はわかる。シャルの家が見える山の端っこは限られているからな。散歩コースって言ってたし、それほど遠くもないはずだ。
 幾度となく通られ、根や葉、土が踏み抜かれて形成された道を歩く。何度かシャルと通ったこともある散歩道。だけどいつもは途中で引き返して山までは行かなかった。多分、その先にルーリアの墓があるからだろう。
 そうして、山の麓までやって来たときだ。
「見つけたぞ」
 アタシにとっての絶望がその姿を見せた。
 脇の森の中からあの女勇者がゆっくりと現れたのだ。
 月にその青い髪を反射させ、深い闇を切り裂きながら。しかし、冷徹な瞳をアタシに向けて。
「……やはりこの感じ。ルーリア、だったか。お前が魔物だったのだな」
「っ……ディカスティーナ」
 女勇者ディカスティーナ。村を襲っていたアタシを瀕死にまで追い込んだ勇者だ。
「名前を憶えてもらっていて光栄だが、すぐに忘れてもらおう。闇に還ることでな」
 女勇者が腰の長剣抜く。月光を鈍く反射する銀色の輝きが、アタシに腹を貫かれた日を思い起こさせた。
 またあの痛みを。自分がいなくなる感覚を。独りですらなくなるあの絶望を。
 アタシはまた味わう……?
「ッ!」
 アタシは脱兎の如く逃げていた。無意識に、山の方へ。この状況をシャルたちに見られたくなかったという意識が働いたからかもしれない。
「逃がさんぞっ!」
 当然、ディカスティーナは追ってくる。足場の悪いこの森の中、人間とは思えない速度で魔物のアタシに追い付いてきている。
「フッ!」
「ぐぁっ!」
 背中を剣閃が掠める。浅く斬られたところがまるで火傷したかのように熱い。ただ斬られるのとは違う、気力を奪うような痛みだ。
「顕現した身体を浄化され、闇に還れ! 地獄から来た魔犬よ!」
 浄化。勇者。主神とやらの加護とかそんなのか! 通りで腹を貫かれただけで死にそうになったわけだ。魔物のアタシがその程度で死にかけるはずないのに。
「はぁはぁッ!」
 山の急斜面を木々を伝い登りながら、アタシは女勇者から逃げる。
「随分と臆病ではないか! 私と初めて対峙したときのお前はまさしく悪魔の如き気迫だったぞっ!」
「アタシは、悪魔なんかじゃない……」
 呟く。小さく声を漏らす。
 いまのアタシは悪魔じゃない。凶悪な魔物でもない。アタシはアタシは。
「ふぅふぅ……」
 アタシは深く木が入り組んだところに隠れる。息を殺し、口を塞いで震えて待った。アタシにとっての悪魔が去るのを。
「私はお前を逃さん。無辜の民を傷つけ、悪逆非道を行った貴様を。お前を逃せば、また誰かが傷つく。私は、もう誰もお前に傷つけさせはせん!」
 もうやらねぇよ。誰も傷つけねぇよ。わかってるよ、自分のやってきた行いが悪いことなんだって。もうしないから。償いならなんでもするから……!
「あの少年はどうした? 喰らったのか? あの父親は? 貴様の隠れ蓑としているのか?」
「するわけねぇだろうが!」
 アタシは飛び出していた。やっちまった。自分から居場所をばらすなんて。
 だけど、シャルたちをアタシは大事に思っているのに、こんなことを言われて黙っていられなかった。
「そこにいたか」
 アタシの答えに女勇者は何も応えない。無情で冷徹な視線をアタシに向けると、地面を破裂させるように蹴って、一気に距離を詰めてきた。
「うぐっ!」
「どうした! 何故反撃してこない!」
 滝を登るような斬り上げに咄嗟に防御した腕が斬られる。素早く身を翻して連撃を繰り出してくるディカスティーナ。アタシの身体から鮮血が迸り木々を濡らす。
 怒りで頭に血が昇りそうになるのを堪える。シャルの笑顔を思い浮かべると、怒りなんてすぐに消えた。笑ってくれてるシャルの顔が、凶暴な魔物のアタシを優しい魔物に変えてくれる。シャルの飼い犬に変えてくれる。
「くぅ、ん、ああ……」
「本当に理解できないな、お前は。手負いの獣ならば苛烈に抵抗するだろう。その身体ではもう私から逃げることなどできんというのに」
 知るかよ。勇者のお前に理解なんてされるか。最初から人間だったお前なんかにッ!
「まだ逃げようとするか」
 アタシは逃げる。どこへだ? もうシャルの家には戻れない。勇者にアタシの正体がバレた以上、もうこの地にアタシの居場所は残されていない。
 シャルと離れ離れになる
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