―1―
うちの大晦日は騒がしい。親戚連中が集まって酒飲みにやってくるからだ。
普通正月からだろうに年越しフライングして来て、父さんたちも騒がしいのが大好きだから快く出迎えて酔っぱらって歳を越す。
別に騒いでくれるのは構わない。年に一度しかない大晦日だ。俺に変に絡んでこなければ好きにしてくれと思う。あわよくばさっさと酔いが回って夢の中で歳を越せと思うものだ。
だけど、そんな思いは届かず、俺は親戚連中に色々弄られる。やれ勉強はどうだの、彼女はどうだの、趣味はどうだの根掘り葉掘り聞いて来ようとする。今年は受験のことも入っていたな。
昔は律儀に答えていたけれど、もう高三にもなればあしらいかたなんてわかる。お年玉も欲しいっちゃ欲しいけどそこまで期待しちゃいない。
スルーが一番。部屋に戻っても良かったけど、父さんたちの浮かれた熱気のせいで家の中は熱すぎる。俺は財布をポケットに突っ込んで家から出ることにした。
暗い夜空。それでも昔住んでた田舎よりもずっと明るい。一年を締めくくる大晦日に眠らない町の灯りが闇夜を少しばかり和らげている。
吐く息は白く。闇夜と俺の間をわずかばかり白く染めた。風はほとんどないけど空気は冷たく、身体の熱が収まっていく。
「あっ、弓弦じゃん」
俺こと平家弓弦(へいけ・ゆみはる)を呼ぶ声に、右方向へと顔だけ向けた。
俺と同じ白い息を吐く的場時子(まとば・ときこ)が、隣の家、的場家の玄関前でドアを背に三角座りしていた。
「なんでこんなとこで座ってんの、時子。お前も親戚から逃げてきた口?」
「そんなとこ。お前もってことは弓弦も?」
ちょいちょいと手招きされて、時子の傍まで行く。座る場所を開けられたので遠慮なく座った。座ってた場所が暖かい。いつからいたんだこいつ。
「色々と絡んできてさーもう疲れちゃったよ私は」
だらしなく大口を開けて欠伸をする時子。背の翼と尻尾が、まるで背を伸ばすようにピンと伸びた。いきなり伸ばすな、当たると痛いから。
時子は普通の人間じゃなくてサキュバスと呼ばれる魔物だ。頭には堅殻が幾重にも重なったような紺色の双角が生えている。
他の魔物たちの例に漏れず、お世辞抜きにしても整った顔立ちだ。短く切りそろえられた髪が風にたなびけば、無意識に視線を向けてしまうくらいには。
ただまぁ、もう見慣れたけども。赤ちゃんの頃からの幼馴染だし。
俺との関係としては普通のお隣さん。うん、幼馴染でお隣さんだ。幼稚園から高校生までずっと同じ学校で、もはや腐れ縁とも呼べるかもしれない。
ただ、時子はサキュバスだけど淫魔のように俺を性的に襲い掛かってくることはなかった。多分そういう目で見られてはいないんだろう。あくまで幼馴染な関係だ。残念ながら。
「弓弦のとこはどんな感じ?」
「俺のとこもだいたいそんな感じ。時期が時期だから受験のことも聞かれたけど」
「ほほう〜、勉強は順調かねぇ、弓弦くん」
にやにやとする時子に鼻を鳴らして返す。
「自分の心配しろよ。おれは志望校A判定だ。C判定さん」
「むぐっ」
苦虫を噛み潰した顔になったかと思うと、自身の膝にうな垂れる時子。からかうなら自分の立場を理解してからじゃないとな。
「なんで知ってんのさ〜」
「おばさんから聞いた」
「くぅ、うちにプライバシーはないのか……!」
「家が隣なあげく、部屋も真向かいでプライバシーもくそもないだろ」
上を仰ぐ。角度的に見えないけれど、二階にある俺たちの部屋は真向かいに位置していて飛び移ることもできる。小さい頃はよく飛び移って親に叱られたものだ。
「ちぇー、エロゲー大好きマンめ」
「うるせぇBL大好きマン」
「マンじゃないし」
「マンには人って意味もあるから」
「淫魔だしぃ!」
「はいはい」
お互い一緒に白い息を吐く。湯気のような霧のようなそれは、すぐに闇に溶けて消えた。
話がそこで一旦途切れて、沈黙が場を支配する。後ろの俺と時子の家から、それにお向かいさんからも団欒の声とテレビの音が響いてくる。
すぐ傍だけど、ずっと遠くに感じて、まるで俺たちだけ世界から切り離されたように感じた。
ここはとても寒い。指はかじかんで、身体は震えて無意識に全身に力が入る。けれどどこか落ち着くのは、隣に時子がいるからかもしれない。
赤ちゃんの頃からの付き合いで腐れ縁な時子。ずっと近くにいるのが日常だった。愚痴を零し合ったり、流行に物申したり、罵り合いも日常茶飯事だった。
「ねぇ、弓弦。神城の方に行っちゃうんだよね」
「……うん」
「やっぱり家出るの?」
「そりゃな。電車で行ける距離じゃないし、下宿するよ」
「そう、だよね」
一層後ろの世界から遠ざかった気がする。重い沈黙で、俺たちに似つかわしくない空気だ。
多分、俺は時子が残るこの場
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