―7―
その週末、私はフィルに洗礼を与え、主神様の加護を授け勇者にした。
教会でのその儀式は、リミアとバラドア司祭の付き添いの元、滞りなく終わった。
その儀式までに残った問題も片づけた。最初に取り掛かったのはフィルの母親の件だ。
通常、天使が直接人の生き死に関わるのは良くないとされている。特に寿命に関してはそうだ。よほどの徳を積んだ人物か、これから先多くの者を救う者でなければ天使は助けない。それに人に施しを授けるのはエンジェルの役目であって、ヴァルキリーではない。
善行が報われるのはあって然るべきだが、事あるごとに助けていては、人が己が持つ命の尊さを忘れてしまうことにも繋がりかねない。
故にいままで手を差し伸べて来なかった。だがいまフィルの母親は、フィルが勇者となるための障害となっている。彼女が病に伏せったままでいるとフィルは町を出られない。
フィルは今後、多くの命を救い、世を平和に導くために必要不可欠な存在だ。だから彼女の病気を治した。病の元を聖素を注ぐことで消し去ったのだ。
人の定められた寿命を捻じ曲げるなど天使としてあってはならない行為だったが、「神の声」もリミアも、彼を勇者とするためには必要なことと赦してくれた。
そして、フィルの両親はフィルが勇者となることを認めてくれた。
「天使様、フィルをどうか、どうかお願いします」
その言葉は勇者に導いて欲しいというよりも、我が子の命をどうか守って欲しいと願う親の気持ちだった。
だからこそ、私は誠意を以て答える。
「フィルは私が責任を以て守り、育みます。きっと、世界を平和へと導く存在に彼はなるでしょう。そして、彼には必ずその世界で暮らしてもらいます」
そうして二人は私にフィルを託してくれた。
勇者となったフィルに、私は必要最低限の戦う術を教えた。剣の振り方、身のこなし方など、基本中の基本ではあるが。
加護を受ける前まではろくに剣も持ち上げられなかったことを考えれば、大きく前進していると言えよう。それでも魔物と戦うのはなかなか難しいが。
しかしまだ覚えるのは護身程度でいい。私もついているからな。最初のうちは弱い魔物を相手にすればいい。
「あぁっ!」
だがまぁ思った通り、予想通り、予定調和だったな。
フィルは手に持った剣を、無骨な棍棒で弾かれ手放してしまった。そのまま突進を受けて、地面に押し倒されてしまう。
そうしたのは、フィルと同じくらいの背丈の少女。普通の女の子にも見えるが、頭にはシンメトリーになった角が伸びている。彼女の正体はゴブリンという汚らわしい魔物だ。
魔物の中ではかなり弱い部類。しかも群れでこそ真価を発揮し、一匹ではさらに弱い。
そんなゴブリンになすすべもなく、ほぼ一瞬でフィルは無力化されてしまった。
ここは北の森の北端。私たちはリミアたちに見送られ旅に出た。目的地は北の森を越えた、直接的な支配こそされていないものの魔物に与する町だ。
フィルを手っ取り早く鍛えるにはこうした方がいいと思ったが案の定、あっさりと敗れてしまった。ふふ、敗れてしまったなぁ。
「うふふ、可愛い子だね、あんた。さぁ私のアジトに帰ってたっぷり愉しみましょ?」
「誰が誰と愉しむって?」
さてこのまま放置するわけにもいかない。私の勇者だからな、こんな小汚い魔物にくれてやるわけにはいかん。
「んー? まだ人がい、て……え?」
「ふふ。人がいて、なんだ?」
軽く聖素を放出させる。手に聖槍を具現化させた。
「はわわ、天使ぃ!? ご、ごめんなさーい!!」
いかに弱くとも、実力差を見抜けぬほど愚かではないらしい。
ゴブリンは武器を手放して、すぐさま遁走していった。
ふん、と私は矛を収める。今日の私は気分がいい。見逃してやるとしよう。
「ミュ、ミュリエラ様ぁ〜」
泣きべそかいているフィルを抱き起し、横向きに抱きかかえた。やれやれ、加護を得た勇者となっても弱いな。
「情けないな君は。あんな弱い魔物一匹にも勝てんとは」
「ご、ごめんなさい〜」
剣を拾い上げ、フィルを下ろさずそのまま森を歩き始める。
「うぅ一人で歩けますよ、ミュリエラ様」
「駄目だ。大きく尻もちを打っただろう。大人しく運ばれなさい。それから町に着いたらまた特訓だからな。さすがにあんな魔物一匹倒せないようでは駄目だぞ」
「は、はい……」
ふふふ、さて、どんな特訓をするとしようかな。
始まったばかりの、誰にも邪魔されない二人っきりの旅。
私は舌なめずりして、腕に収まる可愛いフィルを見下ろしていた。
―8―
結局、どんなに特訓してもフィルは魔物を一匹も倒せなかった。
私とリミアの見立て通り、フィルに戦いの才能はなかった。これはどれだけ磨いても光ようのない、単なる石ころだった。
それでも
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