―12―
「あれがモエニアの本気。すごいね、ジパングの伝承に聞くヤマタノオロチみたいだ」
昨夜からいまのいままで逆鱗亭にいたミクスは、カウンター席で眠気醒ましにドラゴニアの地酒をやりながら、文字通り観戦していた。
観戦客の入れ替わりが激しいここだが、スワローたちとモエニアの戦闘が始まってから席を立つ者はいない。店内に幾つも設置された水球を注視している。
隣にいるキサラギもさっきまではテーブルに顔を埋めるように寝ていたが、モエニアのブレスが轟音を響かせた途端、丸い耳を尖がらせて跳び起きた。当然ながらミクスは笑った。
「物理的破壊力のあるブレスもすごいけど、やっぱりモエニアの本領はこっちだよね。一対多の護衛を得意とするモエニアの力」
水球の向こうで、モエニアが白炎の尾を吹き抜け上階にいる呈へ向けて伸ばしている。危うく燃やされそうになっていたが、耐火の外套のレジストのおかげで間一髪理性が焼かれることは免れていた。
「ガチのドラゴンの戦いなんてそうそう見れるもんじゃないっすからねぇ。スワッちたちは堪ったもんじゃないでしょうけど」
「まぁね。ドラゴンと渡り合えるドラゴンスレイヤーの数はいまはもうかなり数が少ないし、呪いのせいでそもそも勝てないし。勇者だってドラゴンレベルのは最近だとそうはいない。闘技場でもここまではやれないしねぇ」
「っていうかあの威力のブレスを吹くとかやばくないっすか?」
キサラギのごもっともな質問に、ミクスは肩を竦める。
実際、その瞬間を目撃していた魔物夫婦や独り身ドラゴンからも「やりすぎだ」だの「加減を知らんのか」だの「ああ、これでまたドラゴンが凶暴だというイメージがついてしまう……」だの声が上がっていた。
モエニアの行動に一応の理解は示しているものの、傍から見て子供のカップルを苛めているようにしか見えないため、不満の声は大きい。
いまも自身は動かないながらも、質量を持つ尾でスワローたちを追い詰めている。壁を破壊し、床を破壊し、熱波と暴虐を解き放っている。旧魔王時代の悪竜が如く。
「まっ、天の柱が倒壊することはないと思うよ。あそこの重要な支柱や一部の壁はブレスでも溶けないし壊れないくらいの頑強さと魔法障壁が貼られてるからね。今年修繕にあたる竜工師と竜騎士団の人たちは頭抱えてるだろうけど」
塔内部の壁に魔宝石が埋め込まれているのもそのためだ。塔の耐久性を補助している。
「それにファリアにきちんと事前準備をさせている。大丈夫さ」
ファリアはその道のプロだった。時魔法のスペシャリストである。モエニアに頼んだ以上、派手なことになるとミクスはわかっていた。
「いや、スワッちたちの心配はしないんっすか?」
「しないよ。心配なんかいらないさ。もう彼らは僕の手から、いや誰の手からも離れた。あとは勝手に成長して、壁を乗り越えるだけだよ」
「そのミクスの確信っぷりはどこから来てるのか不思議でならないっすよ」
ふふん、とミクスは笑う。
「僕は信じてるからね。愛の力って奴を」
いま現在、スワローたちはモエニアから這う這うの体で逃げ惑っているが。
「おっ、話がわかりそうな奴がいるねぇ」
「おや?」
いきなり背中から声をかけてきた女性が、どんとミクスの真横に腰かける。
彼女の足は人のものではなく、硬い鱗に覆われた蛇の尾のようだった。鱗の色は緋色。その色と同じように彼女は顔を赤らめ、ご機嫌な笑みを浮かべている。
「君は確か、メッダーだったかな」
「うちのこと知ってるんだ、お姫様」
「お姫様って。ぼくは魔王様の娘じゃないよ。お孫様だよ。ミクスだ、よろしく」
軽く握手を交わす。ミクスの繊細な手とワームの無骨な手が組み合う様はとてもアンバランスだった。
「おお、メッちゃんじゃないっすか。先日はどうもっすー」
「メッちゃんやめろって。んな可愛い名前、うちには似合わねぇからよ」
そう言ってメッダーはドラゴンステーキ三人前と地酒を大量に注文する。
「外に出てくるなんて珍しいね。いつも城壁に突撃してるって聞いてるよ」
「うぐ、それは言うな。まぁ、あれだ。ダチが頑張ってるからな、どうせなら近いところで見たいだろ。それにたまには上の酒や飯も食べとかねぇとな。幾つかはしごしてきたとこだよ」
そしてジョッキグラスと地酒の入った一升瓶が出される。注ごうとするメッダーの手から、一升瓶をひったくり、ミクスは彼女の持つグラスへと瓶を傾けた。
「悪いね」
「いやいや、僕の大切な娘の友人だからね」
「僕“たち”っすよ、ミクス」
口を尖らせるキサラギに悪い悪いと謝りながら、ミクスはジョッキに地酒を注いだ。普通はこのグラスに入れる酒ではないが、豪快に一杯やりたいようである。
「さぁてどうなるかねぇ、あいつら」
注ぎ終えたタイミングでぽつりとメ
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