第八章 天を仰ぐは誰がために:天の柱D

―9―

「意外だったな。すぐにスワローの元へ飛んでいくのかと思ったんだけど」
 竜口山から竜翼通りへと続く、整備された山道を歩きながらミクスは独りごちた。
 スワローが意識を失うと同時にミクスはスワローの両親の家へと足を運んでいた。理由は、気絶したスワローを助けに行こうとするリムを説得するためだった。
 しかし、ミクスの予想に反して彼女たちは全く動じずにとある作業を呈の両親たちと進めていた。こっちの方が優先だと言わんばかりに。
 だからミクスは肩透かしを食らって、こうして再び竜翼通りへと戻っているわけである。
「意外と冷たい。それとも、獅子は我が子を千尋の谷に落とすってことなのかな。興味がないってことはないと思うんだけど」
「わかっとらんのー」
 一人ぶつぶつ呟いていると、呆れたようにファリアが声をあげた。彼女の隣にはキサラギもいる。
 まるで自分がわかってるような口ぶりで、ミクスは踵を返すと腕を組んで向き直った。
「じゃあ、ファリアにはわかるのかい?」
「そんなの決まっておろう」
 ファリアは鼻を鳴らして言う。
「子離れしたんじゃよ」
「子離れぇ?」
 珍しく素っ頓狂な声をあげるミクスに、ファリアが大仰に頷き返す。
「手を離れた子にしてやれるのは見守ることと、何かあったときに帰ることのできる場所を作ってあげることだけじゃ。リムはスワローを一人前の大人と認めたんじゃろう」
 子離れ。その発想は全くなかった。ミクスはうんうんと頭を左右に振りながら唸る。
「ああ、色々龍泉様にありがたいお話もらってたっすねぇ。きっとそれが心境の変化じゃないっすか?」
「なんだいそれ。僕初耳なんだけど」
「ミクスはデオノーラ様にお説教されてたじゃないっすか」
 それを言われて、ミクスは苦虫を潰した表情を浮かべる。正直、二度と思い出したくないことだ。母親にも匹敵するくらい怖かった。竜の王の名は伊達ではない。愛情があるが故の怒りはもっとも恐ろしいものだ。
「まぁ、それを聞いていたところでぬしにはわからんじゃろうて。こればかりは親の経験がないとの」
「ふん。お相手もいないのに母親になんてなれっこないさ」
 嫌なことは忘れるに限る。さっさとお説教のことは頭の片隅に押しやって、次の手を考えることにした。
「さぁってどうしようっかなぁ。ふふーん。一番邪魔になっちゃいそうなリムさんが手を出してこないってことはわかったし。これは大収穫だ」
 一瞬前の渋面はどこかへ消え、ミクスは満面の笑みを浮かべながら両手を広げ、ゆっくりとバックステップする。
「まぁた悪巧みしとる」
「ファリア様はミクスに付き添ってるっすけど、別に眷属とかそういうものじゃないっすよね?」
 キサラギがファリアに尋ねる。
 その通り。ファリアはミクスのただの付き添い。魔力を与えたりもしていないし、思想思考を同調し合っているわけでもない。
 対して、キサラギはミクスに同調した同志のようなもの。ミクスはキサラギに自身の魔力を分け与えていた。キサラギが未だ男性と付き合っていないのは自身のせいかもしれない、と考えたことがあるが多分関係ない。ミクスはそう自分に言い聞かせている。
「まだまだ子離れできん親じゃからの、ミクスの両親は。子はとっくに親離れしとるというのに。おかげでこうしてお目付け役をやる羽目になっとる」
「ふっふーん。ファリアはどっちかっていうと母上の眷属だからねぇ。超穏健派。僕はどっちかっていうとデルエラ様の過激派寄りだけど」
 厳密にはその過激派とも違う。過激派の過は過保護の過だ。
 ただ不幸の坩堝にあったレスカティエを瞬く間に淫蕩満ちる楽園へと変えたデルエラのことを、ミクスは心の底から尊敬している。
 自分も彼女ほどの才覚があれば、こんなに回りくどい真似をしなくても呈やスワローを幸せに導くこともできたのだろう。とは言え、自身のエゴに巻き込んでいる形だから謝る権利すらないのだが。
 それに自分はデルエラではない。自分にやれることを地道にやるだけだ。
「まぁ、儂も子離れできとらんっちゅうことじゃ」
「ミクスもややこしいんっすねぇ」
 結局わかっていなさそうな表情を浮かべているキサラギは放っておいて、ミクスはバックステップのまま道を変えた。
「ん? 竜翼通りに戻らんのか?」
「んふふ、良いこと思いついちゃった」
 心底愉悦を滲ませた笑みを浮かべて、ミクスは二人に背を向ける。
「壁は大きい方が燃えるからね。邪魔は入らないんだ。とびっきり大きいのを用意しないと」
 彼女の黒い姿は夜の帳によく溶けていった。

「私の名前はヴィータ。そう警戒しないで。取って食うつもりはないよ」
 片翼を胸に、もう片翼を斜めに上げて、ヴィータと名乗った黒いワイバーンさんがお辞儀する。彼女は服を一切着ていなくて、秘部と胸だけを
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