―7―
「〜♪」
黒い淫魔ことミクスはご機嫌だった。鼻歌混じりに人通りの多い竜翼通りを上り、手にしたスプーンで宙に浮いた巨大なパフェを一掬いしては口に運ぶ。
「全く行儀悪いのぉ」
ミクスの後ろを着いて歩くバフォメットのファリアがそうため息をつく。お小言は無駄だと悟っているらしく、それ以上は何も言ってこない。
食べ歩きはミクスの一番の趣味でもあった。これだけは幾つになっても治りそうにない。治すつもりもなかったが。
「幾ら何でも食べ歩きするような物じゃないと思うんっすけどねぇ。通行人にぶつからないでくださいっすよ?」
ファリアの隣を歩くのは刑部狸の少女だった。キサラギ。茶釜商店「キサラギ」の店主である人物だ。数少ない自身の眷属の一人。部下というよりは、自分の思想に同調している同志というべきか。
ドラゴニアに長く居続けられない自分に代わって、ずっとスワローと接触し続けてくれていた。今日を迎えられたのは一重に彼女のおかげに他ならない。ご褒美は近いうちにする予定だ。
「ふふん、大丈夫だよ。きっと皆の方から避けてくれるからね」
「それ事故るフラグじゃないっすか?」
キサラギのツッコミを軽く受け流しながら、ミクスは指先をくるくると回す。ガラスの器に大きく盛られたパフェの一番上に乗る熟しきった夫婦の果実が二つに割れ、その半分がパフェのクリームになってバニラアイスや竜角糖にかかった。ミクスはそれをスプーンで掬い口へと運ぶ。舌が蕩けるほどのあまりの美味しさにスプーンで食べるのすらじれったく、魔法でパフェの一部を切り取って浮かし、それを口いっぱいに頬張った。
これはドラゴンサイズパフェ。いまや全世界に支店を持つ虜の果実専門スイーツショップ「トリコロミール」のドラゴニア支店限定の超特大パフェである。
頂点には夫婦の果実、バニラアイスと続き、ドラゴニアでも希少な竜角糖をふんだんに挿して、虜の果実とスケイルフラワー、ドラベリーその他魔界の果物をたっぷりと層重ねしたボリュームたっぷりの、まさにドラゴンサイズなパフェである。食べ進めば底には竜の宝石とも呼ばれるドラゴニア固有種の魔界葡萄「ドラロー」も眠っていて、食べ進める楽しみが尽きない。
「んー、二つでも三つでも食べられそうだよ」
ほっぺを垂らしながら食べ進めていくミクスのスプーンに停止の二文字はなかった。
「よく、一人で全部食べられるっすねぇ」
「甘いもの好きな儂も同感じゃ。夫と一緒なら食べられるがのぉ」
いまはファリアの夫のご老公はこの場にはいない。ファリアの仕事を代わりに熟してくれているはずだ。
「ふふ、ぼくが夫と一緒だったら二人でトリコロミールのスイーツ全部食べ尽くしちゃうぜ」
本気で言っていた。
「しっかし、さすがドラゴニアだね。どこの店も料理が評判通り、いや評判以上に美味しい。全部周り終えるのに随分と時間がかかっちゃったよ」
「夜な夜な外に繰り出して居ると思ったら、やはり食べ歩きか」
「ふふ、ファリアがご老公とイチャイチャしている間、僕は一人寂しくお食事タイムさ。出会いも一応求めてだけどね」
現状ミクスの隣に誰もいないため、結果は知れていた。
「ところで知ってるかい、二人とも? 国が裕福であるかの指標は基本的にその国の料理にあるんだよ? 料理の美味しさは国民の余裕の顕れでもあるからね。貧しい国ほどやはり質は劣る。その点、ドラゴニアはどこの料理も本当に美味しい。全部の店に百点満点花丸『たいへんよくできました』をあげたいくらいだ。平和で、穏やかで、退廃的で、退屈で、ああッ、素晴らしいッ!」
ミクスは諸手を挙げて高らかに叫ぶ。当然竜翼通りのど真ん中。衆人の目が集まったが、ミクスは全く意に介さない。
「はぁ。その穿った見方と上から目線はやめろっと言っているじゃろうに。全くあの二人から産まれて、どうしてこんなひねくれた性格に育ってしまったんじゃ……」
「あはは。失礼だなぁ、ファリアは。それに穿ってなんかないよ。上から目線でもない。僕の正直な感想だし、誉め言葉だぜ?」
「退屈が、っすか?」
「そうだよ、キサラギ。退屈はいいことだ。退屈は人を殺すというけれど、僕たち魔物をより淫らに変えてくれる最高の一時だよ。あーあ、僕も退屈でいたいなぁ。夫が出来たら退屈になれるのに」
「変な誓い立てとるからじゃろうが」
「僕には運命の出会いなんていらないからね。一目見ただけで濡れちゃうような相手を見つけられるまでは特に動くつもりはないよ」
誓いというのはリリムとしての魅了能力の一切を封じる物であった。それでも通常淫魔としての魅了能力はあるが、何もしなければ言い寄られることはない。
ミクスは自身が見染めたいと思う男性が目の端に止まるのをただ待つつもりでいた。
「一目惚れってことっすよね? それっ
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