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天の柱。
有翼種の魔物娘たちが多く住まう、雲を貫き天に届かんばかりのドラゴニア最大の塔。
誰が何の目的で建造したかも定かでないほど大昔。それこそ、魔物がいまの姿となるよりもずっと以前に天の柱は建てられた。一説ではその時代の竜騎士とも呼べる、ワイバーンと心を通わせていた竜工師たちによって建てられたと言われている。
いまでこそ番いの儀の重要な式場として、野生のワイバーンや有翼種の住処として、幸福の鐘の安置場所として、竜騎士が騎竜とともに乗り越えるべき壁として、ドラゴニアにおいて極めて重要な場所とされている。
だが、本来の目的とは何だったのか、それを知る者はいない。
建造されたのがドラゲイ革命以前のものであり、当時を知る竜はいないに等しいからだ。知っていた者は死に、生まれ変わったかドラゴンゾンビとして新たな生を受けていることだろう。文献にも伝聞でも残らなかった以上、夫との交わりを至上とする彼女たちにとっては天の柱の建造理由は然したる問題ではないのだとわかる。
天の柱は塔である。塔の役割には防衛上の見張り台、国力の誇示、宗教的意味合いなどが一般的だ。
見張り台として天の柱はどうだろうか。雲をも貫く巨大な建造物。もはやそれ自体が一個の城とさえ思わせる天の柱は、見張り台どころか要塞の一つと言っても差支えなかったであろう。何せ、その塔を建てたのはワイバーンとともに戦う国である。外敵を発見と同時に出撃も容易であったことは想像に難くない。
なれば国力の誇示として、そびえ立つ天の柱は十分な力を発揮していたと言えよう。ただでさえ険しい切り立った山々に存在するドラゲイは、当時自然の要塞とまで言われていた。そのうえで竜たちにより制空権までも握っていたのである。周辺諸国が幾度となく侵攻を考えてはついぞ叶わなかったことは、これまでドラゲイが存続しドラゴニアへとも変わってもなお続いていることからはっきりと証明されている。
だが、それら国の防衛、国力誇示以上の役割がこの塔にはある。宗教的意味合いと呼べるかは記録に残っていない以上定かではないが、しかしその名がいまなおこうして受け継がれている何よりの証だ。
『天の柱』
何故、古の竜工師たちはこの塔をそう名付けたのか。
天と。柱と。
天。天界、あの世、常世ともされる、誰もが空のさらなる上にあると考えている場所。
柱。建築物においてその支えとなるもの。ある存在において支えとなる中心者。
天の柱とは何か。天上を支える柱、霧の国において「天柱」と呼ばれるものか。
否。それだけではない。
天の柱は何より塔である。人が竜が中へと入り、上方へと至る建造物である。
柱はどこへと立っているのか。明快だ。地上に立ち、天へと繋がっているのである。
この世とあの世。此岸と彼岸。現世と常世。地上と天界。
塔には、天と地上を繋ぐという宗教的意味合いがある。天の柱は人魔問わず、あらゆる者を天上へと運ぶ意味合いが込められているのではないか。
苦難に至りて充足と安息を得る。番いの儀を象徴する一連の流れだ。天の柱が建てられた意味、そこを登る意味、そして帰ってくる意味。塔でありながら柱と名付けたその意味。天は支えられているのか、支えているのか。それとも支え合っているのか。
人魔。対となる存在。その者たちが天の柱に存在するその意味。
「天界でもない、あの世に一番近い場所、それがきっと天の柱だ」
異なる者は引き寄せ合う。磁力のように。
「だから彼は天の柱で生まれた。彼岸より此岸へと来たんだ。僕たちが天へと至るように柱を登って」
だが登った以上はいつか降りなくてはならないときが来る。天上にいつまでも居続けられることはない。地上にいつまでもいられないように。生まれ変わるということはそういうことだ。
「だから彼は登っている。いや、降りているというべきかな」
ミクスは笑う。酷薄に。
「君の出す答えが楽しみだよ、スワロー」
天の柱へと入っていく二人の後ろ姿を見送って、ミクスは一人そう呟いた。
―5―
おれと呈はついに天の柱へと突入した。エントランスのような広々とした広間がおれたちを出迎える。静寂が空間を支配しているが、そこかしこに猛々しく顎を開く竜の彫像や竜にまつわる意匠などが壁に彫られており、寂しさは感じられなかった。
ここは数階吹き抜けになっているが、竜の絵が描かれた天井が視界を遮り、それより上階の様子は伺えない。修復痕の残る支柱が幾本かその天井へと伸びていた。それは竜を取り囲む檻にも、竜に追い詰められたおれたちの檻のようにも見える。
天の柱は外から見る以上に広く、複雑な構造をしている。元々見張り台ないし要塞としての役割があったためか、外敵が侵入してきても容易に上階へと登れないようにしてい
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