第六章 白蛇、山嶺に消ゆ:ドラグリンデ城A〜東の荒野

―2―

 勇者さんに抱えられ、城内へと消えたストリーマさんたちを見送った後、ぼくはある匂いを嗅いだ。鼻腔を甘くくすぐる香り。これは。
「呈、今日は助かったよ。城内の教団兵を全員捕らえたら浴場の準備をするが、入っていくか?」
 そう声をかけてきてくれたモエニアさんの言葉はほとんど頭に入ってこなかった。ぼくはあの香しい匂いの元へと、すぐに駆けだしていた。
 後ろでぼくを呼ぶ声がする。でも気にも留めていられない。どうしてここに彼が、スワローがいるのか。いち早く知りたかった。
 匂いの元を辿るにつれてスワローを強く感じるようになる。それ以外も、魔物娘のものじゃない魔力を感じた。きっとこれは教団兵さんの魔力だ。魔力の弾ける感じがする。戦っている?
 全身から悪寒とともに汗が噴き出た。もし。もしも、戦っているのが、教団兵さんがスワローに魔法を使っているとしたら?
 外の勇者さんみたいな人を殺めかねない魔法をスワローに向けて使っていたとしたら?
 背筋が凍てつく。真冬のジパングよりも極寒の吹雪が全身を襲った。ぼくを目的地へと追い立てるには充分すぎて、尾が絡みそうになりながら全速で城内を駆けた。
「スワローッ!」
 廊下の角。その先にスワローがいる。ぼくは警戒心なんてゼロで、最悪スワローの盾になることも覚悟して彼らがいる廊下に躍り出た。
 結論、スワローはいた。うつ伏せに紐で縛られた黒いローブ姿の男性の背中に座る形でいた。傍らにはリュックがある。彼はまるで一仕事終えたかのように、皮の水筒に口をつけていた。スワローたちの周囲に銀色の細かい粒子が僅かに舞っていたけど、ぼくが到着してすぐに消えてしまう。
 そんなスワローと目が合う。まるで状況がわからない。
「「どうしてここに……?」」
 一言一句違わずにぼくたちは言葉を絡める。
 よいしょっと言いながらスワローは、十字紋様の入った白色のローブを着ている教団兵さんから立ち上がって、ぽんぽんと背中の埃を払ってあげる。教団兵さんは後ろ手に、肩と二の腕と胴体にも通る形で縛られていた。見事な緊縛。
「えっと、その人は教団兵さん、だよね?」
「そうなの? 城内にいたら襲われたから撃退しただけだけど」
 なんてことない風にスワローは言ってのける。ええ、返り討ち? スワローってそんなに強かったの?
「それにしてもなんで呈がここに? 最近よく出かけてるけどいつもここに来てたの?」
「ううん。ぼくは、ちょっとね。今日はここが教団兵さんの襲撃があるから掃除のお手伝いに来たんだよ」
「襲撃があったら掃除するのか? よくわからん。だからメイド服着てるの?」
 腕組みをして唸っているスワローに簡単に説明した。キサラギさんのこと、天の柱踏破のための装備を調達する目的ということは伏せて。
「メイド服似合うかな?」
 変に質問攻めに遭う前にぼくは話を逸らそうと話題を変えて、くるりと身を翻す。
 他のメイドさんたちみたいにタイツとかは履けないけど、それ以外は全部同じ由緒正しきメイドさん仕様。いつもは白蛇巫女だけど、今日は白蛇メイドさんなのだ。
「うん、いつもの巫女服もいいけどそっちもいいね。可愛いよ」
「えへへ、褒められちゃった」
 ぼくがもじもじしながら喜んでいると、後ろからどたどたと走る音が迫ってくる。
「それでスワローはどうして――」
「呈! 急にいなくなるな!」
 ぼくが今度はスワローに話を聞こうとしたタイミングで、後ろの廊下の角からモエニアさんが現れた。
「しかも、教団兵のいる方に全速力など……と?」
「ああ、モエニアさん、こんばんは」
「スワローか? 久しぶりだな。数か月ぶりか。天の柱の踏破を頑張っていると聞いているぞ」
「そのためにここに来たんだよ」
 あれ、おかしいな。
「どうして二人が、知り合い?」
 さっき、だってモエニアさん、スワローのことを知っているだなんて一言も。
 さっきスワローに褒められたことが頭の片隅へと一気に追いやられる。暗い情念が宿りはじめた。ぽとりぽとりと心の奥底に溜まっていくのがわかる。
「あぁ……嫉妬か?」
 まるで幼子でも見るような生暖かい目でぼくを見て、モエニアさんはふっと笑う。
 かぁっと顔が熱くなるのがわかった。怒りじゃなくて恥ずかしさで。
 そう、嫉妬。この感情は嫉妬だ。夫もいるモエニアさんに、いまぼくは嫉妬した。ぼくの知らないスワローのことを知っていそうで。ぼくの知らないスワローのことを知っている人なんて、モエニアさん以外にもたくさんいるのに。
 何故だろうか。いまのぼくは嫉妬心の抑えが効かない。蒼い情念が消え失せない。
「……この魔力、本当に白蛇だけの?」
 モエニアさんの呟きはよく聞き取れなかった。そんなことよりも、モエニアさんに問い質さないと。ぼくのスワローとどういう関係
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