第五章 交わらぬ二人:ドラゴニア大瀑布地下水路


―3―

 スワローと一緒に来たかったな。
 下に広がる雄大な景色に圧倒されながらも、ぼくはそうひとりごちた。
 空気に弾かれ、白い水しぶきをあげながら落ちていく大量の水。さんさんと降り注ぐ太陽の光を浴びて、しぶきは七色の橋を架けている。触ってもいないのにここまで濃密な『水』を感じられる場所はそうない。
 ここはドラゴニア大瀑布。大量の山水を一身に飲み込んで、ドラゴニアに水という恵みを届けている場所。
 ぼくは滝の脇に建てられた小高い塔からドラゴニア大瀑布を、恵みを降らせる滝を見下ろしていた。しばらく景色に見とれてからぼくは塔を降りていく。人工的な構造はすぐに終わり、岩屋戸があった。さっきいた場所よりも一層水の気配を強く感じられる。そして全身に響くような轟音。
 その理由はすぐにわかった。
 魔界鉱石などでほのかに光る洞窟の左側。まるで大きな竜の爪でえぐられてかのように開けていた。そこにあったのは絶え間なく揺れているけど全身を映せるほどの水鏡。
 ここはちょうどあの滝の裏側なんだ。すごい。ガイドさんがびっくりしますよ、って言ってたのはこのことだったんだ。……ホント、スワローと来たかったな。
 そうして着いたのは滝の真反対に続く道。滝の轟音に混じって機械的な音を響かせる、人工的な造りをした地下水路。その名の通り、道に沿って澄んだ水が流れていた。外の雄々しい滝とは対照的に、一定の落ち着いた流れが。
 ここがぼくの目的地。キサラギさんに指定された場所。
 ――ドラゴニア大瀑布。その地下水路だ。

「んー、天の柱登るための装備っすか。いや用意できなくもないっすけど」
 昨日のこと。キサラギさんにぼくは天の柱を登るための装備を用意できないかとお願いしていた。だけどどうにも歯切れが悪い。
「テーちゃん、お金いくら持ってるっすか?」
「え、あ」
 そのときは勢いで言っていたのでお金のことを完全に失念していた。そうして手持ちのお金を見せると、キサラギさんは渋い笑みを作った。
「もちろん、装備にもピンからキリまであるっすけどね。テーちゃんの手持ちじゃあ、底辺装備すら買うのは厳しい。それに質の悪い物で天の柱を登るのは正直無謀っす」
「お、お金はいつか必ず、何年何十年かかってでも払います。だから」
「そんな若いうちから借金するつもりっすか? 将来夫になる相手以外には借金させないのがうちのポリシーなんすよね」
「っ……」
 ふりふりと手を振られた。取り付く島もない。
 スワローについていくためにはキサラギさんにお願いするのが一番だと思ったのに。でも無理は言えない。ろくにお金もないのに物を買おうだなんて甘いんだ。せめてぼくが大人ならどこかでお金を融通してもらえるかもしれないのに。
 お父さんとお母さんにお願いしてみる? ううん、ダメ。このことでお母さんたちに頼りたくない。いつもお母さんたちに頼ってばっかりだったもの。スワローのことだけはぼくが。
 振り出しに戻ったけどどうにか別の方法を考えてみよう。
「テーちゃん、蛇の割には諦めが早いっすね」
「え?」
 ぼくの心まで見透かすような、にやにやとした笑みを浮かべるキサラギさん。
「確かにお金を貸すつもりは毛頭ないっすけど、物を売らないと言った覚えはないっすよ?」
「で、でも、ぼくには買うためのお金なんて」
「まぁそれはおいおい。まずは誠意を見せるのが筋ってもんっす」
「誠意?」
 誠意。ぼくが見せることができる誠意なんて。
 尻尾を巻きながら僕は腰を床に下ろす。カウンター越しに座っているキサラギさんの視線よりも低い位置に。掌を整えて床につけて、頭を下げようとしたところで、
「わぁ、待った待った! 待つっすよ! いきなり何やろうとしてるんっすか!?」
 カウンターを乗り出して慌てふためくキサラギさんにぼくは思わず床から手を離してのけぞってしまった。ぼく間違ったの?
「え、ええ? だって誠意。ぼく、誠意の見せ方なんて、これしか」
「だからって土下座はないっすよ! 蛇のそれは土下座かはわからないけど、でもそれはないっす!」
「え、じゃあ何を……。あ、だ、ダメですよ。ぼくの身体はスワローだけのものだから。いくら装備のためでも、この身体を他の人の慰み物にさせるなんて」
「この国でそんなことしたらうちの首が飛ぶっすよー!? ちょっとテーちゃんは落ち着くっす!」
 キサラギさんの方が落ち着いたほうがいいと思うけど口には出さないでおこう。
「テーちゃん、人の話聞かないとか、思い込みが激しいとか言われたことないっすか?」
 頭を傾げる。どうだろう。最近、スワローにそんなことを言われたようなないような。
「はぁ、まぁいいっす。回りくどいのはやめにしましょうか」
 カウンターに両肘を置いて身を乗り上げたままだったキサラギさん
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