前編《見守愛》

私の名は手塚浩子(てづか・ひろこ)。小さな会社で働く哀れな社畜である。そんな私は毎日の如く残業に振り回され、もう生きる気力を失いかけていた。
しかし、そんな私に生きる気力を与えてくれる存在がいる。
あ、いたいた。
私が電車を降りたとき、そのちょうど隣の車両。降りてきたのは一人の小さな天使。
わずかに目にかかるほどの男の子にしては長めの黒髪。くりくりとした大きな瞳。おめかしすれば女の子にも見えるようなかわいい顔に、華奢な体つき。
私の心を射止めた小さな天使だ。
名前は知らない。向こうも私のことを知らない。ただこの時間、私があの天使を見守るのだ。
それが最近の私の仕事帰りの日課。
苦しい生活の唯一のオアシスなのだ。

ああ、かわいい。たまらない……。

私は彼の後ろを離れたところで追う。気づかれないように距離を取って、あまり露骨にならないよう、それでもしっかりと彼の姿を目に焼き付ける。ああ、癒される。後ろ姿たまらない。抱きついたいくらい。

駅を出る。駅の外は真っ暗だ。それもそのはず。時刻はとうに十時を回っている。駅の周りも住宅街なので、街灯がわずかにあるだけだし、人通りもほとんどない。
いつも思うがいったい彼はこんな時間になにをしているのだろう。塾にでもいっていたのかな。
だとしたら親はなんて無責任なのだろうな。こんなかわいい顔をこんな遅くまで塾に行かせるなんて。変な輩に絡まれたらどうするというのだ。危ないやつらに付き纏われたらどうするというのだ。
ん?私は違うわよ。私は彼を見守っているのだ。彼が天使なら私は守護天使である。これ重要。

おっと、ぼうっとしていたら彼が立ち止まった。私は曲がり角に飛び込む。
彼に見つかってはいけない。私は守護天使だが世間はストーカーだとか失礼なことを思うかもしれないのだ。あくまでも彼を隠れながらに見守る存在なのだ、私は。そのお礼として、私の心のオアシスに彼にはなってもらう。
ああ、かわいい。抱いてギューとしたい。柔らかいんだろうな。いい匂いもしそうだ。想像するだけで興奮しちゃう。

「…………はっ!」

いけないいけない。私は守護天使。彼に手を出すのはもっての他だ。彼は純真なままでいなければいけない。私ごとき、生き遅れ(でも四捨五入したら二十歳よ!)が彼に手を出すなど許されない。
でも、彼とお話できたら楽しいだろうなぁ。お姉ちゃんって呼んで、私の周りを楽しそうにパタパタと動き回るのだ。
仲良くなったら遊園地とかに行って、お化け屋敷に入ったりして、びっくりした彼が私に抱きついてくるのだ。ああ、たまらない。泣きそうな彼を私が優しく抱き締めて、背中をポンポンと叩くと、安心したように寝てしまったりするのだ。そんな彼に私は寝てることをいいことにあんなことやこんなことを……。

ってダメダメ!私ったらさっき思ったことと全然違うじゃない。

……でも、妄想するくらいならいい、よね?

「なぁなぁ、ちょっと俺達、金に困ってんだよ。お小遣いくれない?」

「お前、小野塚んとこのガキだろ?お坊っちゃんなんだから金くらいあるだろ?」

「人助けと思って頼むぜぇ。でないと俺ら、手が滑りそうだ。あ、足もな」

なにこの声。

「…………誰よあいつら」

曲がり角から顔を出して彼を見ると、その周りに三人の男がいる。明らかにガラの悪そうな風貌のやつらだ。
クズどもの顔は見えないけど、私の天使は怯えたような顔をしている。明らかに彼の友達っていうことはない。
彼の敵だ。
つまり、私の敵だ。

「…………」

でも、ここで私が出ていったら私の存在がばれてしまう。そうなったら、もうこうやって彼を見守れないかもしらない。

……ううん、違う。なんのために私はこうやって彼を見守っているのだ。こんなときのためじゃないか。

彼は私が守らないと。

「おい!早く金出せよ!」

「っ!」

私の天使が、クズに胸ぐらを掴まれた。彼が苦しそうに顔を歪める。

「…………」

許せないゆるせないユルセナイ!
汚いてでユウくんに触るなんて。乱暴するなんて!

私は音も立てずにクズどもに近寄り、彼とクズの間に割って入る。

「汚い手で触らないで」

そして、彼の胸ぐらを掴む男の手首を握った。そして、

「なんだてめ、あいててててててて!は、離せっ」

私は力任せにその手首を握る。ミシミシと骨の軋む音が伝わってくる。いつもならここで逃がしてやるのだが、今日は別だ。こいつは私の天使に乱暴したのだ。ゆえにそれ相応の罰は受けるべきなのだ。
だから、

「ふんっ!」

「ぎゃっ!」

私は力任せにクズの手を握り潰した。

「あ、がぁ……いてぇ!いてえよぉ!」

悶絶してクズはその場にうずくまる。いい気味だ。

「て、てめえなにしやがる!なにもんだ!」

クズお決ま
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