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竜の寝床横丁と呼ばれる場所がある。呈の両親を見つけ、デオノーラさまに呈と観光する切欠を作ってもらったところだ。
寝床と呼ばれているがここでは誰もが眠らない。暗黒魔界のように桃色の闇に包まれたここは、宵にこそもっとも嬌声が響き渡る。
だけど、そんな場所も唯一眠ったように静かになるときがある。それが番いの儀終了直後だった。
「この前来たときよりもしんとしてるね」
おれたちは静かな竜の寝床横丁を並んで歩いている。もう手を繋ぐのは当然、となっていて、さらに呈の尾先が繋いでないおれの腕に絡んでいた。器用なことするなぁ。
「基本皆王城前に出払ってるからなー。完全に人っ子一人いないわけじゃないけど」
仮に誰もいなくても泥棒の心配はないだろう。この街でお宝を狙っても、自分がお宝にされるだけだ。
番いの儀の日は国民の休日ともされる日なので基本的に休業する店が多い。特に魔物夫妻が営む店などは特にその傾向にある。番いの儀のラストキスで昂ぶり、そのまま一日中寝室や王城前で交わるからだ。いまもぶっ続けで乱交騒ぎになっているだろう。
この竜の寝床横丁でなくてもそうなので、どこも静かなもの。なのでおれたちは適当に街をぶらぶらすることにしたのだ。街を散策し終えたら大瀑布に行こうか。結構歩いたし、このまま竜泉郷に行くのもありかもしれない。前はあの竜壺湯しか入らなかったし。
「そーいや、まだご飯食べてなかったな」
「そうだね。番いの儀も長かったし、お昼過ぎちゃってたや」
「『ドランドン』行くか『火竜』に行くか」
竜丼専門店のドランドンと大衆食堂の火竜。この二つはもうそろそろ開いててもいいはず。結婚してそのまま辞める人も多い分、従業員も多く雇っているからだ。だから、休日とは言ってもなんだかんだ開くのである。
あー、でも屋台も出てるから、それをつまみながらぶらぶら、ってのもありか。
「大衆食堂で色々食べるか、丼物でがっつり行くかどっちがいい? 屋台とかもあるけど」
「うーん」
考え込むように呈が下唇に人差し指を添えている。あの唇と、さっきおれのが触れたのか。見たら思い出してしまうな。恥ずかしい。
「お食事処でお悩みならどうかしら。私たちとご一緒しない?」
後ろから声をかけてきたのは魔物娘と長身の男性だった。
魔物娘の方は、ヤギ角ヤギ脚が特徴のワインルージュの毛並みをした獣人女性。ベルトポシェットに幾つかの小瓶とハートの意匠が多く施された笛を吊るしている。確か種族はサテュロス。お酒に関わる種族だったはず。その隣にいる青年は新緑のローブを纏い、鍔の広い三角帽を被っている。背にギターのような楽器を背負っていた。
「すぐそこにおすすめの場所があるの。私たちも向かうところだから」
多分、夫婦なんだろう。男性と魔物娘の距離はとても近く仲良さげだった。
「どうする?」
「ぼくは構わないよ」
「じゃあ、折角なんで」
おれらは二人に着いていくことにした。
着くまでに軽く自己紹介。サテュロスさんの名前はエリュー。吟遊詩人さんの方はヴェルメリオ。二人は予想通り夫婦で、若そうな見た目に反し、このドラゴニアは長いらしい。特にエリューさんの方は現ドラゴニア皇国建国以前からいるそうだ。一言も喋らず無口であるらしい温厚そうなヴェルメリオさんの方は吟遊詩人で、お酒の席で意気投合しそのまま夫婦となったらしい。吟遊詩人ギルドもあるこのドラゴニアではメジャーな職業の一つだ。仕事をするときは達者に喋るのだろうか。
「さぁ着いたわ。ここよ」
「ここは」
「えっと居酒屋……?」
「ジパングではそう呼称するみたいね。ここは友達&お得意様のワームが営んでるバーなの」
掲げられた看板には魔界バー「月明かり」とある。でも、魔宝石で描かれたその文字は光を灯していなかった。
「開いてなくない……?」
「大丈夫」
二人は気にせず扉を押し開いて中に入っていった。開いてはいるらしい。というかバーで食事できるのか? お酒呑むだけってイメージしかないんだけど。
エリューさんたちに続いておっかなびっくりおれたちはバーに入る。店内は月明かりのような淡い白光の魔宝石に照らされていた。
席はテーブル席が幾つかとバーカウンターの席。それと店の奥には小さな舞台のような場所があった。バーカウンターや店の壁には様々な種類の酒瓶がかけられており、中には竜の形を模した酒瓶もある。薄い闇色の壁紙で、夜空に浮かんでいるかのような落ち着いた雰囲気を醸していた。
「あら、可愛いお客さんね、ルーナ」
「そうね、サーナ。でもどうしましょう。まだ散らかっているわ」
カウンターの奥に二人の人影があった。
陽光と月光。その二つを象った色を放つ対の竜。金色と銀色、それぞれの鱗を持つワームがそこにいた。双子なのか二人の容姿
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