第二章 観光orデート?:茶釜商店「キサラギ」〜竜見崖


―2―

 完食。
 綺麗さっぱり料理を食べ終えたおれたちは逆鱗亭をあとにする。坂に沿って上方から吹き降りてくる風が、料理で火照ったおれの身体を心地よく凪いでいった。
 さて次はどこに行こうかな。太陽はてっぺんを超えて傾き始める頃合だ。山岳地帯のここは太陽が眠るのも早い。夜になったからどうこうというわけではないけど、さすがに呈を町の外の山道やダンジョンを夜道に歩き回すのは望ましくないしな。そっち方面は明日以降の案内にするとして、今日は竜翼通りで済ませられるものにしよう。
「そういえば、呈はいつまでドラゴニアに滞在する予定なの?」
 観光案内で真っ先に聞いておくべきことを忘れていた。何日滞在するかで案内行程や取捨選択が変わってくる。
「んー。特に決まってないかな。ジパングの自宅はご近所さんに任せてあるから問題ないし。気の向くまま好きなだけなんだ」
「なるほど。ならそれほど慌てて案内する必要もないね」
 おれは内心ホッとしていた、と思う。何に安堵したのか自分でもよくわからない。
「うん。だからスワローの好きなようにして欲しいな」
「なんか違う意味に聞こえるんだけど」
「うふふ……」
 意味ありげな笑み。食事の前とあとで纏う雰囲気が変わったような気がする。それともおれが呈を見る目が変わったのかな。
 さてゆっくりと観光できるとは言え、今日は日が落ちるまでそう時間もないし、先にお土産でも見てもらうとするか。
 行き交うイチャつくカップルたちや騎竜に跨り見回りもといデートをしている竜騎士とすれ違いながら、おれたちは竜翼通りを上っていく。しばらくして竜翼通りを逸れて小道に入ったところにある小さな店の前についた。
「茶釜商店……キサラギ?」
「ドラゴニアのものから他の国のものまで雑多に扱ってる雑貨店だよ。おれもよくお世話になってる。主人がジパングの魔物娘だし、呈でも近寄りやすいと思ってね」
「……」
 ドアについた来客を知らせるベルがチリリンと鳴る。店内は薄暗く、魔石灯がほのかにオレンジ色に店内を照らしている。棚は横広の長方形沿いと、縦に棚が三つ。奥にカウンターと自宅に続くカーテンがあり、カーテンの隙間からのっそりと見知った人物が顔を覗かせた。
張り付いたようなニヤケ笑いにクマのある胡乱げな目つき。ジパングの衣服であるらしいハンテンと七分丈のズボンを来た魔物娘。ぴこりと茶色の丸耳が震える。彼女は刑部狸。魔物娘らしく相貌は良いけど、怪しさマックスのこの風貌のせいで完全に相殺されている。
「おー、スワっちじゃないっすか。お久しぶりっす」
 のっそりとナマケモノのようにゆっくりとカーテンの奥から這い出て、カウンターの椅子に腰掛ける。
「はいはい三日ぶり三日ぶり」
「巻き取り機の調子はどうだったっすか」
「珍しくいい仕事したと言っておくよ」
「あっはっはー、相変わらず生意気っすねー。んでそちらさんは?」
 呈がびくっと肩を震わす。刑部狸はジパングの魔物だから大丈夫だと思ったけど、さすがに無理だったか。変な雰囲気だし。
「おれがドラゴニアの観光案内してる、呈って言うんだ」
「は、初めまして。呈です」
「どもども、茶釜商店店主の如月(キサラギ)っす。キーちゃん、キーさん、キーちゃんさん、キサっちでもなんでもお呼びくださいっす。うちはテーちゃんって呼ぶっすから」
 にへらと笑うが目つきのせいでアンバランスな表情となっている。呈が苦笑いして曖昧な返事を返すのも無理はない。
「しっかし、スワっちについに彼女さんができたんすかぁ。うちは嬉しいっすよぉ」
「はいはい。新しく入ってきたものある?」
「色々あるっすよー。適当に並べてるんで勝手に選んで勝手に持ってきてくださいっす」
 本当にいつものことながら、刑部狸の癖に商売しようという気が欠片も見当たらないやつだなぁ。馴れ馴れしさもあるが、おれよりも何歳も年上なのに敬語を使う気にもなれないのはこのせいだ。
 おれと呈は並んで棚に陳列されたものを見ていく。茶釜商店もとい雑貨店の名のとおり色々ある。ワーシープの毛が入れられた枕だったり、女性を象ったガラス小瓶に入れられた黄金色のアルラウネの蜜だったり、魔力遮断のショーケースに入れられた魔宝石の原石だったりとドラゴニアに関係のないものが多々ある。
あ、テンタクル・ブレインの苗木がなくなってる。売れたのか。おれが来るときは客なんて一人も見たことないけど、来ることは来ているらしい。
 他にもドラゴンキラーと銘打たれた禍々しい剣や、とある魔物娘(ウシオニと書かれてある)の血であるらしい赤い液体が入った小瓶に並べていたり、竜の生き血と書かれた小瓶もあったりする。
竜の生き血とはこのドラゴニア産の魔界葡萄の果実水のこと。本物の竜の血では決してない。けどこれ、絶対狙ってやってるよな
[3]次へ
ページ移動[1 2 3 4 5 6]
[7]TOP [9]目次
[0]投票 [*]感想[#]メール登録
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33