魔物娘の愛ってどうよ?


 自室。ベッド、本棚、勉強机にパソコン、テレビと学生のザ・部屋と言わんばかりの自室。本棚は虫食いだらけで、穴を埋めるための本は床やらベッドやらに蟲の如く散らばっている。散らかしたのは俺と、俺が背もたれ代わりにしているベッドに俯せに寝転がって本を読む幼馴染。どうせまた読み直すし片付けなくていいやと常に俺の部屋はこんな感じで散らかっている。
 俺はいつ買ったかも覚えていない、何十年も前に描かれたラブロマンス要素の入った少年漫画を読んでいる。ちょうどそのラブロマンス要素の濃い部分である、主人公がヒロインに対して声高らかに愛を叫ぶシーンだ。その愛の告白に、読者視点からは鈍感な主人公に対して好意を抱いていると丸分かりのヒロインが歓喜とともに応じている。決まり文句のように、予定調和のように二人は結ばれる。手垢のついた、よく言えば王道な展開。口から涎の代わりにガムシロップを吐きそうなくらい甘甘で、歯の浮きそうな台詞が飛び交う展開だった。
 悪く言えば、展開が軽いというか。
 「好きだ」「大好き」「愛している」とか言うけど。お前らの愛って、なんなんだ?
 展開に冷めた俺は、漫画を捨てて窓から外を見る。人が飛んでる。人というか鳥みたいな人。手が鳥の翼みたいになった人。お向かいのハーピーの奥さんが帰ってきたようだ。
 この世界が魔物娘という存在に侵略されておおよそ十数年。俺が生まれた歳に彼女たちはやってきたらしい。侵略、と聞けば宇宙船がやってきてタコ型骸骨エイリアンが人間をレーザーで殺して回るなんてB級映画の展開を思い浮かべてしまうが、なんてことはない。よき隣人となって、人間世界の観念をちょっとばかし根本から入れ替えただけだ。魔物娘を違和感なく受け入れるように、意識を変える。そんな侵略だ(ったらしい。当時生まれたばかりなので話でしか知らない)。
 個人的には魔物娘がいて困る要素は特に見当たらないのでなんとも思っていない。たまに有識者が魔物娘は風俗をうんぬんかんぬんとテレビで言って数秒後テレビから姿を消したりするけど気にはならない。裏できっと説得(性的な意味で)されているだけだろうし。
 が、魔物娘の存在自体は全くもって気にならないが、魔物娘が好みそうなさっきの漫画を読んでいてふと思った。
 魔物娘の『愛』って何なんだ?
「そういうわけで今日の議題は魔物娘の愛について語ろうと思いました、まる」
「まるじゃないんだけど、いきなりなに」
 後ろで寝転がりながら漫画を読んでいる幼馴染が俺に全く視線を寄越さず言う。邪魔するなと言わんばかりだ。
 白パーカーとデニムショートパンツというオシャレ気のない服装。腰まである長い黒髪が放射状にベッドに広がり、パンツから伸びる太腿からつま先までの艶かしい生足が、白と黒のコントラストを描いている。
 名前は世良弓香(せらゆみか)。
 剣呑とした目つきでひたすら漫画を読んでいるが、特に機嫌が悪いというわけではなくいつもこんななのだ。おおよそ0歳児からの付き合い。お隣さんの一人娘。物心ついたときからこんなんだったものだから、こういう関係なのが当然となっている。いまさら脚一本でどうこう思うわけないのだ。
「魔物娘の愛ってどうなん? ってふと思ったわけだよ俺は」
 一度は置いたさっきの甘党御用達漫画を手に取る。「愛してる」を連呼しまくる漫画だ。
「魔物娘って無条件に男を愛してくれるわけだろ。浮気はしないし、裏切らないし、冷めないし、そのうえ床上手とまさに世の男性の理想なわけだけども。よくよく考えてみれば一方的な好意で実際こっちの意思とは無関係に好き好きラブラブ光線(物理)をぶつけてくるわけでしてともすればそれは愛の押し売りなんじゃないか、と俺は思ったのね」
「へー」
 気の入らない返事にも構わず俺は続ける。
「魔物娘はちょっとしたことで惚れちゃって一生その相手を愛し続けるわけだけどさ、でも相手の感情考えないそれって本当は相手のためじゃなくて自分のためで、要するに自己満なんじゃないのかと。愛ってのは広辞苑曰く慈しみ合う心なんだから、自己満の愛ってそれもうただの自己愛じゃねと思ったわけだ」
 ナルシストだ。
「ふーん」
 つまり魔物娘の「愛してる」連呼は目の前の男性にではなく自分に言っていたんだよ!
「ナ、ナンダッテー」
 心読まれた。
「つーわけで、魔物娘の愛なんて自己愛に違いない! という定義を俺は出してみた。弓香、反論ある?」
「じゃあ魔物娘と付き合って確かめてみたらいいじゃない」
「はいでましたーそうやって投げやりに言うー。これはあくまで議題だ、議論だ、定義付けだ。実践してどうする、というか実践したら戻れなくなるパターンじゃないか、どっぷり魔物娘にドハマりして、テレビの裏に消えた有識者みたく思考回路が180°転換させられる
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