第二話「愛を犯す脳姦」


―1―

「すぅー、はぁー」

 酒屋「ブルーリカー」を営む親父の一人息子カイトこと僕は、酒場「夢見亭」の裏口前で深呼吸をした。胸の高鳴りをどうにか押さえ込む。
「夢見亭」に来るときはいつもこうなる。表面上平静を取り繕うために、深呼吸して身体の緊張を解さねばろくにしゃべることもできないくらいだ。
裏口が人通りに面してなくて助かる。こんなところ見られたら不審者と思われても仕方ない。まぁ、お酒の納品という大義名分があるのだから、そうビクビクする必要なんてないのだけれども。
 ビクビクはしないけれどもドキドキはする。心臓がバクバクする。その原因となっているのがこの「夢見亭」の看板娘ことエイミーだ。いや、原因というと悪く聞こえるかもしれないけれど、そうじゃなくて。僕の煮え切らない一方的な彼女に対する思慕のせいで、僕の心情は注ぎたてのビールのように泡立ち、落ち着かないのである。

 要するに、僕はエイミーのことが好きなのだ。
 
 いつも溌剌とした明るい表情。笑顔のときに浮かべる白い歯を映えさせる、セミショートの若草色の髪。その髪とディアンドル衣装のスカートを踊り姫のように舞わせながら店内を回る姿は、仕事中だというのを忘れて見蕩れてしまうくらい、美しかった。
 しかし、僕が彼女に告白することなんてできるわけもなく。酒屋の息子と酒場の娘の関係が続いている。この町に僕が来たのが五年前、この気持ちに気づいたのが二年前。微妙な関係だ。エイミーにはもっと長い付き合いの幼馴染がいて、彼女のことが好きな人もいるのだろう。多分、その人たちには敵わない。……気持ちで負ける気はないけど。

「……」

 今日はいつも以上に気が落ち着かない。いや、わかっている。理由なんて明白だ。一昨日の晩の夢のような出来事のことだ。
 エイミーが僕の家を訪ねてきて、僕を押し倒して、その、秘部を僕の口に擦りつけて、そして僕のペニスを舐めしゃぶった。
 まるで夢のような出来事。いや、いまでも現実とは思えない。いつの間にか僕はベッドで眠っていたし、行為による汚れとかもなかった。……夢精もしてなかった。
だから多分夢なのだろうけど、僕はそこまで欲求不満だったのかと思うと羞恥心でたまらなくなる。かといって、あれが本当の出来事だったとするとあのエイミーがあんなエッチな行為をするなんて信じられないし、彼女の口の中に精液を幾度も放ってしまったという罪悪感でたまらなくなる。
どちらにしても、今の僕がエイミーに会うのはたまらなく恥ずかしかった。どんな顔して会えばいいというのか。はぁ。

「かと言って、ここでいつまでも突っ立ってるわけにもいかないか。よし……」

 僕は頬をパチンと叩いて気合を入れ、裏口の戸を開いた。

「こんにちはー、ブルーリカーですー!」

 エイミーが来るかと思って身構えてしまったが、意外なことにやってきたのは彼女の父親だった。ヒゲをたっぷりと蓄えた強面な人で豪気だが、五年前にカストレアへ移り住んできた僕と父の酒屋から酒の納品を頼んでくれた懐の広い人だ。おかげで僕達父子はこの町に早く慣れ親しむことができた。感謝してもしきれない。

「おう、カイト、いつもあんがとな! 今日はエイミーちょっと出てるから、俺が引き取るわ」
「外に出てるんですか?」
「おう。最近、よく薬草採りに行っててなぁ。その割に体調悪いとかで最近あんまし店手伝いやがらねぇ。まったく。カイトは働き者で偉ぇな」

 おじさんの話を聞きながら、僕は納品する酒の積み荷を降ろしていく。
 最近、酒場の仕事休みがちだったんだ。体調悪いのかな? でも薬草摘みには行ってるみたいだし、そんなに気にするほどでもないのかな。

「まぁ年頃の娘だ。父親には言いたくねぇこともあんだろ。寂しいがな。だがカイト、お前さんになら、エイミーも何か話してくれるかもな」
「僕にですか?」
「おうよ、エイミーもお前のこと悪く思ってねぇみてぇだしな」

 エイミーが? いや、いやいや、悪くないと言っているだけで良いというわけじゃない。早とちりはいけないぞ、僕。

「俺もお前さんは信用できるやつだって思ってるしな。心配しちゃいねぇよ。がっはっは!」

 認められてる、のかな? まぁ素直に喜ぼう。
 おじさんに手伝ってもらって、いつもより早く納品し終える。いつも納品するのは「夢見亭」が最後。というのも仕事終わりに「夢見亭」で昼食、夕食を食べるのが常となっているからだ。今日もそれは変わらない。
エイミーが不在みたいだから、彼女の手料理を食べられないのは残念だけども。納品を最後にしているのは彼女の手料理が目的だから、というのは内緒だ。

「よし、これで終いだな。いつも助かるぜ、カイト。親父さんはいい仕事するな」
「こっちこそありがとうございます。おじさんと
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