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とある出版社で働く独身男、清原総司(きよはらそうじ)。とある記事を作るため、三日間出版社に泊まり込みで、ろくに風呂にも入れなかった。ようやくアパートに帰れるときは体はでろでろ。夏真っ盛りの暑い時期のさらに昼時なので、家路につくだけで汗だらけである。そして先にも言ったが、いまは夏真っ盛りである。三日ぶりの帰宅である。彼は思い出す。そういえばゴミを片付けずに出掛けてはいなかったか、と。
総司がアパートに帰ってドアを開ければ、案の定、生ゴミがすっぱいような香ばしいような、野菜とお肉と麺類その他色々のなんとも言えない多種多様の臭いが混ざり合った、前衛的なハーモニーの臭いを奏でていた。
しかし、それだけで済めばよかったのだが、もっと酷い事態に陥っていた。
「お、家主の登場だぜ」
「うはっ、汗だくじゃねえか」
「汗だけじゃねえぜ。こりゃ三日は風呂に入ってねぇ」
「汗と垢の臭いがプンプンしてやがる」
「やべぇ、濡れてきた」
個々にそれぞれ特徴は異なるが、銀髪にドクロマークの入った四枚羽。虫の武骨な手足は共通している。魔物娘の存在が認知された現在、総司が見紛うはずがなかった。暴君ベルゼブブ。邪智暴虐厚顔無恥と我が儘がそのまま形を成したような魔物娘。その暴君が、いま総司の目の前に五匹もいたのだ。
そのベルゼブブたちは、その暴君の名にふさわしく総司の部屋を自由気ままに使っていた。あるものは冷蔵庫からビールやらつまみやらを取り出して食べ、またあるものは棚にしまっていたカップラーメンを根こそぎ食い荒らし、またあるものはテレビゲームに興じていて、またあるものは隠してあったエロ本を見て、あるものは通販で食い物を大量にカートに入れていた。
「お、おまえら……」
総司が愕然するのも無理なかった。ちょっとゴミ捨てをするのを怠ったくらいで、こんなに発生するのは思ってもみなかったからだ。そして、こんな我が物顔で居直られるとは思わなかったからだ。
「おいおい、なに突っ立ってんだよ。早く上がれよ、遠慮すんなって」
「遠慮もなにもこいつの家じゃねえか。おい、お前、一緒に酒盛りしようじゃねえか。あ、この家の酒は全部あたしのだから」
「あげる気ねぇだろ、お前。おい、こっちきてゲーム教えろよ。このゾンビ堅すぎだろ、弱点教えろって」
「うはっ、お前アブノーマルすぎるだろ!男の娘好きなの?あ、触手もあるな。完堕ちモノから捕食モノもあるし、うっわ、男の娘×触手×捕食×完堕ち×悪堕ちって、盛りすぎだろ!なんだよ、この作者の趣味丸出しなジャンル!」
「おい、これ全部購入するからクレジット貸せよ。ほらほら、早く早く。早くしねぇと、食い物なくなるじゃねえか」
「……………………」
総司はなんとも言えなかった。もうなにも言う気力が沸き起こらなかった。徹夜&風呂なしの泊まり込みハードスケジュールからようやく解放されたというのに、今度はそれ以上に難解な問題が訪れたのだ。総司が思考放棄するのは当然の道理と言えた。
とにかく無視だ。いない風を装う。ベルゼブブたちなんて目の前にはいない。いても気にしない。無視を貫く。
そうすることを結論付け、まずは溜まりに溜まった汗と垢を取るため、風呂場へ向かう。湯を出そうとして、総司は絶望した。
水しかでないのだ。
「なんで、どうして……」
と半泣きになりながら呟いていると、後ろから一匹のベルゼブブが言った。
「あー、なんかボイラーが壊れてるらしいぜー、理由は知らねー、俺様知らねー」
棒読みだった。総司は確信する。こいつらがなにかしたに違いないと。しかし、それを知ったからといってどうにもできない。こいつらに出ていけと言っても言うことを聞くわけがないし、無理矢理追い出す力は自分にはない。ゆえにできることと言えば、この家の掃除をして、清潔を取り戻すことくらいだ。そうすれば、このハエ娘たちも出ていくだろう。総司はそう結論づけた。
づけたのだが……。
「……っ……っっ…………」
まずは適当なビニール袋にゴミを適当に放り込んでいくという、とても簡単な作業なのだが。
「うめー、お菓子うめー」
ポイッポイッポイッポイッポイッポイッポイッポイッポイッポイッポイッポイッポイッポイッポイッポイッ。
拾う度に、ベルゼブブたちは食べたお菓子の袋をそこら辺に投げ捨てるのだ。隣にゴミ箱があるにも関わらず、だ。
それにもめげずに総司がゴミを拾い上げ、ようやくいくつかのビニール袋が満タンになったかと思うも、
「おっとー足が滑ったーうわー」
一匹のベルゼブブがビニール袋をシューーート!
散乱した。
そこで示し会わせたように二匹のベルゼブブが、その散乱したゴミを蹴って、さらに広く撒き散らしていく。
「おまっ……ぅぐぐぐ」
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