――ストーカーで気を付けなければならないのは、ストーカーに気づいてしまうことである。
そう友人が話していたのを思い出した。
格言じみた言い方だが、なんのことはない。つまり、ストーカーの存在に気づいてしまうくらい、ストーカーの行為がエスカレートしているということである。
他人のストーキング行為なんてものは、普通は憚れるものだから、バレないよう行うのが自然である。それがバレるくらいエスカレートする。もっと言えば、バレても構わないとするストーカーはかなり危険なのである。なんの犠牲もいとわないからだ。その末に警察に捕まろうとも、それが愛ゆえの行動だから仕方ないと結論付けてしまえるからだ。
歯止めが聞かなくなっているのである。
誰にも止められなくなっているのである。
「……………………」
こんな話をしたのも簡単なこと。
俺自身ストーカーに狙われているからだ。
神城大学2年の俺が、そのことに気づいたのは1ヶ月前。キャンパスを歩いていると、ふと誰かに見られているという感覚に陥ったのだ。
最初は気のせいだと思った。気配のした方向を見ても誰もいないし、その気配すら一瞬だった。友人に言っても、自意識過剰だと笑われて、そうなのかと納得していた。
しかし、日が経つにつれて、その気配は濃厚になってきた。キャンパスを歩けば必ず見られている感覚に陥る。講義を受ければ、窓の外から、ドアの小窓から、果ては後ろの席からでさえ視線を感じるのだ。唯一それから逃れられるのは自宅とトイレの個室くらいなもので、それ以外ではほとんど常に、その気配を感じる始末だった。
友人にこのことを相談すると、やはり笑うやつもいたが、高校時代からの友人の糸目(いとめ)は笑わなかった。むしろ、深刻そうに顔をしかめていた。
糸目からは、最初に言った、ストーカーで気を付けなれけばならないことを聞かされた。
もしもお前が見られている気配どころか、そのストーカーの姿も認知したのなら一層気を付けろ、とも言われた。
姿を見せるほどにエスカレートしたのなら、それは危険な兆候だと忠告された。
そして、見た。
その日は秋の終わりごろ。肌寒くなり、上着が必要になる時期だった。キャンパスの雑踏の中、気配に気づいた俺が振り向くと、いたのだ。
目にクマをたたえた、薄ら笑いを浮かべた、陰鬱そうな表情の女が。
見えたのは一瞬。しかも、雑踏の中で身体は全く見えない。わかったことは短いウェーブがかった黒髪の、根暗そうな女だということくらい。しかし、俺はすぐ気づいた。そいつが今まで俺を見ていた女だと。見えなかったやつだと。
そいつはすぐに人混みに紛れて消えたが、そのひどく濁ったケダモノのような顔は、俺の瞼にぐちゃりとこべりついた。こべりついて離れなかった。
その日から、ストーカー女の顔を見ない日はなかった。特に外のキャンパスで見ることが多かった。ふと気づけば人混みの中にいるのだ。どこかうっとりともしているような恐怖の女面が。
一度、切れてその女を捕まえようとも思った。警察につき渡してやると息巻いた。しかし、捕まえられない。俺がそのストーカーに近寄れば必ず消える。姿を消すのだ。まるでそこに最初からいなかったかのように。幽霊のように。
友人にまたも相談するが、反応はイマイチだ。美人さんならいいんじゃね、と楽観的に言われる始末だった。
確かに、あのストーカー女はそれなりに美人ではあったように思える。素材はかなり整っていて、陰鬱そうな表情をしなければ、アイドルとしても活躍できそうではあった。だが、それもストーカーということを除いての話だ。いくらかわいくとも、俺にとっては恐怖の対象でしかない。
陰鬱な表情をした女に毎日付きまとわれ、苛立ちや恐怖はあれど、嬉しさなどは一片もない。
そして、気づいた。
そのストーカー女が、次第に俺に近づいていることに。
最初は遠目でその姿が視認できる程度だった。それがだんだんと細かく見えるようになってきたのだ。俺は目のいいほうだ。近づくにつれ、女の特徴がよくわかってしまうのである。
ストーカーされて一週間も経つと、俺とストーカー女の距離はかなりの近さだった。走れば二秒とかからない距離。そんな近さである。
しかし、それだけでは留まらない。
ついには、俺が後ろを振り向いたとき、その真後ろである。そこにいたのだ。愉悦にまみれた、欲望で彩られたケダモノの表情が。
俺は驚いて、尻餅をついた。そして気がつくともういなくなっていた。
俺は安堵すると同時に恐怖した。
そう。もうあのストーカー女は俺のすぐ傍まで擦り寄ってきているのだ。
それからは気づけば女が隣にいた。例えば擦れ違うとき。例えば電車に乗り降りするとき。例えば講義を受けているとき。
しかし、どのときも一瞬。気づけばいなくなっているの
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5]
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録