山の麓の広大な森。その奥深くには山に住む水神が創ったとされる泉がある。泉は深く、しかし底が容易に見えるほどまでに澄み渡っており、綺麗という言葉では言い尽くせない。それこそ神が宿っているかのような泉だ。
俺はここへ水を汲みによく来る。神が宿っているからなのか、ここの水を飲めば不思議と元気になるのだ。森深くで道のりも険しいはずなのだが、そこの水を飲めば疲れなど一瞬で吹き飛ぶ。森へ狩りなどをしに行った際には毎回といっていいほど立ち寄っている。
俺の住む村は森をでてすぐのところ。農業やら狩りなどをし、時折やってくる行商人にものを売り買いしながら慎ましやかながらも暮らしている。
その日は狩りの帰りだった。いつもなら兎やら鹿などの獲物を仕留められるのだが、あいにく今回はなにも仕留められず、ただ疲れたばかりである。せめて水を汲みに今日も泉へと行くとしよう。
木々を避け、草を掻き分け、薄暗い森の中を進む。水の香りが鼻孔をくすぐり、もう泉が目の前だとわかった。
そして、泉にたどり着いたところで俺の足はぴたりと止まる。
止めざるを得なかった。
何故なら泉には先客がいたから。
まず最初に目がついたのは白い髪。雪よりも雲よりも絹の糸よりも白く、純白に輝く長い髪。それが、ほんのり赤みがかった艶かしい白い柔肌に絡み付きいている。次に、恥ずかしげもなく露になった2つの胸。均整のとれた豊満なそれらの間には水が溜まり、俺の情欲を言わずもがなそそる。
身体が僅かに逸れ、その顔が露になった。やや切れ目の青い瞳。頬は白い肌を朱に染め、唇はそれよりさらに赤く艶やかだ。
歳は俺とさほど変わらなさそうで、二十歳にもいってなさそうだった。
俺はしばらく彼女に見惚れていてしまっていた。まるで金縛りにでもあったかのように。それが溶けたのは彼女の目の焦点が俺に合わせられ、少し考えるように視線が目元に行く。そしてもう一度俺に視線が向けられ、そして、
「きゃああああああああああああああ!!」
悲鳴が森に木霊した。
当然そこで俺はハッと我に帰る。
今彼女の置かれている状況を考えれば当然の結果だ。
「済まない!」
俺はすぐに後ろを向き、立ち去ろうとする。これでは覗きだ。
「ま、待ってください」
「え?」
立ち去ろうとした俺の背中に声がかけられる。
覗きの俺に、待てだと?
「すぐに服を着ますから少し待っていただけませんか?」
「い、いや、本当に悪気はなかったんだ。覗くつもりはなかった。本当だ。こんなところに人がいるとは思わなくて。済まない、謝って済むかはわからないが謝る。だから、許してくれ」
「大丈夫です。怒っていません。ただ驚いただけです」
そ、そうなのか?
水をスーと泳ぐ音が聞こえる。
「ただ少しお話し相手になって欲しくて」
水が跳ねる音がし、泉から上がったのだとわかる。
そしてしばらくして衣擦れの音。
「もうこちらを向いて頂いて大丈夫です」
「そ、そうか…………っ!?」
振り向いて俺は目を見開く。
「どうかしましたか?」
「君は……」
赤と白が基調の巫女服。その下。
足、ではない。
一本の太い尾。
白い鱗に覆われた長い蛇の尾が彼女の下半身だった。
「魔物だったのか」
「はい。水神様の巫女。白蛇の真白(ましろ)と言います」
彼女は朗らかに笑って見せた。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
と言いつつも俺の頭の中は恐怖が鎌首をもたげていた。
魔物。魔物娘。男を襲い、精を奪い、娶る者。
話には聞いていたが、実物をこんなに真近くで見たのは初めてだった。
俺の村はジパングでは珍しく、魔物に対して排他的だった。そんな村で育ったものだから魔物娘に対して、少なからず、いやかなり抵抗を持ってしまう。目の前にいる真白という女性は美しい。だが、彼女は魔物娘で男を襲う生き物であると思うと警戒してしまう。
そういえば、村長が言っていた気がする。森深くの泉には魔物が出るから近寄るなと。襲われてしまうぞと。それが彼女なのか。
「……あの、私、なにか悪いことしたでしょうか?」
俺の警戒心を読んだのか、表情を曇らせて窺うように俺に尋ねる。
これだけ見れば、この真白という女性が悪い存在だとは思えなかった。俺を襲おうという気配はない。
「いや、君はなにも悪いことはしていない」
そういえば悪いことをしたのはむしろ俺の方ではないか。
そうなってくると途端に罪悪感が湧く。
「良かった。あ、お名前を窺っておりませんでした。お尋ねしてもよろしいですか?」
「ああ、名は聖(ひじり)と言う」
「よいお名前ですね」
「そうか?」
「そうですよ。神々しさを感じます」
いや、君の姿の方がよっぽど神々しいが。と思うが言わないでおく。
「聖さまはどうしてこち
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