俺は朝に弱い。
そんな俺がゲームのために夜更かししたら、寝坊するのは当然のことだ。
実家暮らしなら親が起こしてくれるが、数ヶ月前から仕事のため独り暮らし。だから起こしてくれる人などいない。
独り暮らしの家は寂しいものである。起こしてくれる人もいなければ朝食を作ってくれる人もいない。
俺は空腹に耐えながらも駅に自転車を走らせる。改札を抜けると電車の着く音が聞こえた。
これを逃せば遅刻は確定。
やばい……ゲームで遅刻したなど誰が言えるか!
俺はエスカレーターを二段飛ばしで駆け上がる。
隣でゆっくりと諦めた風に歩いているサラリーマンの姿があったが、俺は諦めない。
ホームに出る。電車は警報音を鳴らし、ドアは今まさに閉まろうとしていた。
「待ってくれぇぇ!」
俺は叫びながら、閉まりかかるドアに身体を滑り込ませた。混雑していなかったので、誰にもぶつからずに入ることができた。
本当にギリギリ。全くのギリギリ。コンマ一秒遅れていたら挟まれていたというくらいギリギリだった。
ふぅと俺は息をついて。
ついて気づく。
「んん?」
視線。獲物を見る鋭い視線。サキュバスやラミアやらハーピィなど、色々な魔物娘たちの妖しい光を宿した視線。
それが全て俺に突き刺さっていた。
気圧されて俺は後ずさろうとするけれども、後ろはドアである。下がれるはずがない。
俺はふとドアにあるステッカー見る。
《魔物娘専用車両》
「……嘘、だろ?」
『駆け込み乗車は危険ですのでご遠慮下さい』
俺の絶望を嘲笑うかのように車掌のアナウンスが流れる。
本当に、何故、昨日深夜までゲームしたんだろ。
昨日の俺を殴ってやりたい気分だった。
しかし、そんな後悔も先に立たず。今はこの現状をどうにかするべきだ。早くこの車両から脱出しないと。魔物娘専用車両がどんなところかは聞いている。
入れば必ず犯される。
単純だがそれが逆に恐ろしい。
単純であることはすなわち例外がないということ。
他に語るべきことがないということ。
あ……ってことはそれって――
「うっ、」
逃げようと動いたところで俺の脚に絡まる、なにか。
見ればそれは青い粘液状の姿をしたスライムだった。俺の脚を、形取った腕で絡めてこちらを見上げていたのである。
スライムは15、6歳であろう幼い顔つきに相応しくない、妖艶な笑みを浮かべて舌舐めずりした。
「逃げられると思いますかぁ?おにぃさん」
――そう、逃げ切れた話がないということ。
「や、やめ、だ、誰か助け」
「あー、今日はついに青子ちゃんかぁ」
「やっぱ入口待機は基本よね」
「朝イチで張らないとダメかなぁ」
誰も助ける気などなかった。
クスクスニヤニヤと熱っぽい視線で俺を見ている。
俺がもう絶望しか残ってないと立ち尽くしていると、
「ねぇ、おにぃさん……あたしとエッチなこと、しよ?」
ドロドロとスライムの少女が、俺の身体を這い上がってくる。心地いい冷たい水の感触が俺の抵抗力を奪っていくようだった。
「い、いやだ、来るな、俺は」
「クスクス、でもぉ、おにぃさんはぁ、この電車に乗っちゃったんだよ?だからぁ、あたしにぃヤられるしかないんだよぉ?」
「い、いやだ!」
精一杯身体を捩らせて、スライムから逃れようとする。しかし、無駄だった。
流動体のスライムを弾こうとしても彼女の身体は俺に接着したように絡み付き、離れてはくれない。いや、それどころかもがけばもがくほどスライムが俺の身体を包み込んでいき、服の中へと侵入していく。
「おにぃさんの服、脱がしちゃうね」
「やめろ!」
俺はスライムが絡み付くのも無視して隣の車両へ向けて歩こうとする。しかし、スライムのドロドロの身体を踏んでしまい、足をとられ滑ってしまう。
「うわっ」
「おっとっと……えへへ、つーかまーえた」
俺が転んだ先はスライムの青い粘液の中。ゼリーのような柔らかくも弾力性のあるスライムが俺を受け止め、幸いにしてか俺はどこも身体を打たなかった。
しかし、完全にスライムに捕まってしまったのである。
「もう逃げられないよ、おにぃさん」
俺の身体はスライムの上となり、地面と足が離れてしまっていた。そう、もう歩くことすらできない。ただもがくことしかできないのである。
「さあ、脱ぎ脱ぎしましょーね」
「うぅ……」
スライムの青い身体が俺の身体を這い回り、器用に服を脱がせていく。もしも、スライムが透明なら、服が独りでに脱げていくみたいだ。
なんて、悠長なことを考えている場合か!
このままじゃ、俺は真っ裸に!
しかも、こんな電車の中で。周りに人(魔物娘)がいるのに。
「っ!」
それを意識すると急激に羞恥心が高まってきた。
見られている。
俺は皆に見られている。
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