合言葉は白百合の騎士

「カークス・オルトランドです、特別派遣により参りました」

着任予定の時間10分ほど前にグラン・リンバス王国騎士団の兵舎に駆け込んできたカークスは懐から正式に発行されている王刻割印付きの紹介状を受付に渡す。

宿から兵舎までほとんど巡航速度で走ってきた為その額には軽く汗が浮かんでいるものの乱れた息はほんの数回の深呼吸をするだけで平常時の穏やかさに落ち着いてゆく。日頃から身体を鍛えているからこそできる積み重ねの賜物だった。

―――――凄いねカークス、結構な距離を走ってたのにもう息が整ったんだ!
―――――仕事柄鍛えてなきゃやってられないからな、ヘトヘトな状態でもマトモに戦えなきゃ役たたずさ

受付の団員が紹介状の照合を済ませ、案内されたのは荘厳な調度品の並んだ執務室・・・見たわす限り度の調度品も高級そうなものばかり、ぶしつけながら部屋中を目まぐるしく視界が動く。

「こちらでお待ちください、参謀を呼んでまいります」

そう言って案内してくれた者が去ってからさほどの時も経たずにコツコツという軍靴特有の足音が遠くから聞こえてきて、カークスは佇まいを直した。そのすぐ後に扉が開かれ、中に見覚えのある男が入ってくる。

「やぁ、長旅お疲れ様だねカークス君・・・私が王国騎士団参謀のコーウェンだ・・・初めましてではないな?」
「ええ・・・まさかキャラバン隊の隊長に扮していたとは考えもしませんでしたが」

冷静に返すカークスも内心では驚きを隠せずにいた。これは絶対に偶然では無い、団長の言う裏が読み切れないキナ臭い案件である事をヒシヒシと感じながら促されるままにソファーへと腰掛ける。

思った以上にフカフカで沈み込んだソファーにカークスは一瞬身体を取られながらも鍛え上げた強靭な体幹はブレることなく芯が入ったかのような真っ直ぐさを保ち続けた。

「ほう・・・さすが傭兵団の一番の腕利き・・・よく鍛えられている、生半可な者ではこのソファーに腰掛けた瞬間につんのめってしまうものなのさ」

―――――ソファーに座っただけなのに試していたなんて、何だか油断できないねえ

リリィの感嘆の声に軽く心の声でその通りだと返すと、続けざまに給仕係の団員がお茶の用意を手際よく済ませ、高級そうな茶の香り高い赤がカップに注がれた。

「お茶をどうも、いただきます」

紅茶には詳しくないが1口含むとふわりとなにかの花の香りだろうか?花に抜けてゆく爽やかさが気分を落ち着けてくれるようだった。

―――――いい香りだねぇ・・・カークス、お休みの日に城下町デートってのも悪くないと思わない?

デートの件は無論快諾。給仕係は既に退席しており、部屋には自分と参謀のコーウェンだけ・・・気を引き締め直して、目の前の参謀様へと向き直る。

「改めて先の護衛の任務ご苦労だった、白百合の騎士とまで呼ばれた貴殿がいなければキャラバン隊の被害はもっと大きなものになっていただろう」
「お褒め頂き光栄です、しかしただのキャラバンにしては野盗たちの襲撃が多すぎるように思えます・・・言っては何ですがそれ程までにこの辺りの治安は乱れているのですか?」
「嘆かわしいことだが鈴玉狩りの連中へ資金や武具を流し続けている組織がいるようだ。ただの野盗連中では済まない戦力となっては街の警備兵程度ではなかなか抑えきれぬ。横流しをしているのがどこの誰かは現在調査中・・・しかしいまだに良い方法は入ってきていない」

参謀はそう言いながらも辺りを見渡し、カークスの手元へメモを見せる。

―――――今晩の20時、王国の裏路地にある栄光の雫という酒場まで来てくれ、合言葉は「白百合の騎士」と店主に伝えれば分かる。

メモを一通りみたことを確認した参謀が小さな火の魔法でメモを燃やした。あからさまな内通者の警戒・・・この件の根深さにカークスは内心で溜め息をつく。

「話がそれたな・・・ではカークス・オルトランド君、現時刻より王国騎士団特別門外顧問としての任を命ずる」
「はっ!」
「では明朝9時より貴殿の入団にあたる試験を行う・・・なに、軽く貴殿の腕前を見せてもらうだけだ。楽に構えてくれていい。以上!解散!」

礼をしてからカークスは参謀の執務室を後にする。

―――――私がそこに居たら聞き耳をたてている内通者の気配も分かったかもだけど・・・
―――――たとえ今気配を追えても言い訳ができないからな・・・仕方ないさ

念ずる会話越しにリリィの溜め息まで聞こえてきた。彼女にとっては自らという武具を中々使ってもらえないのは欲求不満なのかもしれない。

―――――いざとなったらリリィが頼りだ、許してくれよ。
―――――わかってますよーだ・・・待ち合わせは20時の王の雫って酒場、合言葉は白百合の騎士だったね。
―――――あぁ、場所だけ確かめたら宿で
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