世界のパン祭りinアールデー・イグニス(後編)

世界のパン祭りが開催宣言の元、一般来場者達が会場内へと列をなしてやってきた。それぞれお目当てのパンへまっしぐらな者、案内図とにらめっこしている者、目につくすべてのパンに見惚れて思考停止している者・・・人々はそれぞれ魅惑のパンたちと向き合い・・・選択を迫られていた。

―――――ママ!どれもこれも美味しそうだよ!どれにしようか迷っちゃうね!
―――――ドリンクコーナーも無料とは・・・それに紅茶やコーヒーの一つに至るまで最高級な者ばかりじゃないか
―――――うう・・・どれも美味しそう・・・迷うなあ・・・

様々な出店テントへ列が出来始めるもまだブラウンの・・・アンバー・ベーカリーはまだ一人のお客様も訪れてはいなかった。

・・・まだ焦るときではない、そう自分へ言い聞かせる。全力を尽くしたのだから後は天命を待つのみだ。

―――――すいません、パンを1つくださいな。

初めてのお客様はここらで見ないデザインの学生服を身に纏ったキャンドルガイストの女性だった。パッと顔がほころんでしまいそうになるのをぐっと堪えながらハート形のちぎりパンを1つ包み紙にくるんで手渡す。

「どうぞ!おまたせいたしました!」
「ふむ・・・これはまさか黄金の豊穣・・・?それになんて濃厚なホルスタウロスミルクの香り・・・間違いなくこのパン祭りで一番良い材料を使ったパン・・・これは見立て通り・・・愛しき私の素敵な旦那様と共に味わうことにしましょう」

見た目と香りだけで材料を見抜かれるとは・・・このお客様・・・なかなか出来ると舌を巻いていたところに後ろから元気そうな声が響いた。

―――――おーい!コーデリア!こっちこっち!

どうやら名を呼ばれたようだ・・・優雅に一礼したのち去ってゆくお客様、その行く先をついつい目で追ってしまう。どうやら学生さんのカップルらしい、パートナーの男の子がイートスペースを先に押さえているようだ。

そのカップルがちぎりパンを二人で食べさせ合い始める、熱々でラブラブなカップルの様子が周りの目を引き・・・そして切っ掛けとなった。

―――――ねえ先輩・・・じゃなかった旦那様!私もあーんしてほしいな・・・なんちゃって。
―――――むむ・・・エルヴィスを膝枕で甘やかしながら食べさせるのに丁度よさそうなパンがあるでありますね。
―――――あ、あのパン屋のパンがちょうど食べさせあいっこに丁度よさそうだよアリシアちゃん!並んでみようよ。

切っ掛けが出来れば後は早かった。あっという間にアンバー・ベーカリーのテントの前には列がぞろぞろと並び始めたのだ。そうなれば一気に忙しさが増す、ショーケースのパンがみるみる減ってゆく中で伸びた列の対応のために最後尾と書かれた看板を手に持ったスタッフさんの穴埋めにブラウンも接客に回ってお客様にパンを渡す。

「だいせいきょーだねお兄ちゃん!そんなバレバレな変装?してる理由は分からないけど・・・」
「あ、もしかして君は・・・」
「昨日はどうもありがとう!友達のみんなもお兄ちゃんのパンをまた食べたいってすっかりメロメロなんだ!4つくださいな!」

昨日の幼稚園の子供がわざわざ来てくれたのだ。嬉しそうにパンの包みを持って去ろうとした子が振り返ってこう叫んだ。

―――――友達もお兄ちゃんのお店に投票するからね!

元気よく手を振りながら走り去っていく、何だかこちらまで元気をもらえた気がした。

アンバー・ベーカリーの出店テントへ並ぶ列はとどまる所を知らなかった。もはや列は
ショーケースの残りのパンをもってしても足りない程・・・アンバー・ベーカリーがこの世界のパン祭りで一番早く売り切れ宣言を轟かせたのだった。

「参ったな・・・思った以上に大盛況しすぎて並んでるお客様全員へパンを配れなくて申し訳ないや・・・」

追加のパンを焼きたくとも流石にこれ以上の材料は用意できない・・・勝敗関係なくパン職人からくる申し訳なさにブラウンがひとり呟いた瞬間の事だった。

―――――はい、よろしければ半分どうぞ
―――――私からも、半分こしましょう?
―――――こんなにも美味しそうなんだ、おすそ分け!

列に並んでも貰えなかったお客様達にパンをもらえたお客様達が自らパンを半分ちぎって手渡してくれたのだ。

それを見て慌ててスタッフ全員で包み紙を配って回る。

まるでお伽噺のような奇跡が起こる・・・自然と生まれた幸福のおすそ分けが辺りを包み、なんと列に並んだ皆にパンが行き届いたのだ。

―――――いただきます!

自然と重なった食物への感謝の祈り、ブラウンの焼いたパンをほうばった皆の心が・・・人間や魔物娘といった種族を超えて一つになった。

―――――美味しい・・・と

ブラウンの焼いたパンをほうばる皆が一様に美味しい、美味しいと微笑んでいる。
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