世界のパン祭りinアールデー・イグニス(前編)

世界のパン祭りinアールデー・イグニスの開催日まであと1週間の日。ブラウンとアーデントはパン職人としての修行の旅をひと段落付けて、二人の故郷たるアールデー・イグニスへと帰ってきていた。

―――――これからはパン祭りの日までお互い会うのはやめましょう?・・・多分ウチが貴方の邪魔をしちゃいそうだから。

都市の入り口エントランスホールにてそう強がって見せるアーデントをブラウンは力強く抱きしめる。愛しいこの香りも、ぬくもりも、柔らかさも・・・しばらくはお預けになる。旅の最中は毎晩くたびれ果てるまでアーデントとセックスしていたから辛い禁欲の予感に・・・おそらくこの先の人生でこれ程の苦難は待ち受けていないだろうとブラウンは一人苦笑いする

それにしてもパン作りの心配よりも性欲の方を不安がるとは・・・自分も随分と変わったものだ・・・これ以上は名残惜しすぎるからもう離れなければ・・・

―――――必ず勝って見せる

そう一言力強く誓いの言葉を彼女へ捧げながら軽くキスをひとつ、そして二人は今はまだ別々の場所へと帰り着いたのだった。

「ただいま親父、姉さんも・・・二人とも元気そうで良かったよ」
「おう!また一段と精悍な顔つきになりやがって・・・ほんと・・・怠けてた頃のお前が信じられないぜ」
「ふふふ・・・聞いたわよブラウン、世界のパン祭りにベーカー・ベーカリー名義じゃなくて貴方個人の名義で出店するんでしょう?」

世界のパン祭りには個人名義から店名義から当日の飛び入り参加まで認められている。もちろん我らがベーカー・ベーカリーも出店する訳だが・・・ブラウンは自分の名を伏せて・・・個人名義で参加しようと考えていたのだ。

世界のパン祭りのルールは単純明快で、会場入り口ゲートで手渡されるアンケート用紙にお気に入りのパンを2種類記載し出口ゲートで渡すだけ・・・このアンケートを記載することでパンのお代は全て都市持ちになる・・・だから皆、気軽に会場を訪れて、好きなパンを心ゆくまで楽しんでほしい・・・そうアーデントからの公式発表に都市は沸き立ったのだった。

ブラウンの姉たるブルネットの努力もあるがブラウンの旅路の影響で評判がうなぎのぼりだったベーカー・ベーカリーなのだから勝利のためには人気票集めにもなるベーカー・ベーカリー名義で出店するのが当然なのだろう。

なにせブラウンは1位にならねばならない、ブラウンだってベーカーの血筋なのだから実家の名を語っても何ら文句の付け所もないはずなのに・・・それでもブラウンはその名を借りようとはしなかった。

―――――この身一つで証明して見せなければならない、アーデントの望む最上級さえも越えて見せるために。

燃え盛るブラウンの決意は硬く、親父も姉さんもあとは応援することしか出来なかったのだ。

「まったくお前のためにベーカー・ベーカリーを増築してキッチンを広々と二人で使えるようにしたんだから感謝しろよブラウン!」
「あら、お父さんったらお金を出したのはオーナーの私なのよ?これから先の営業のためにはどうしたってパンを焼く場所が足りなかったもの」
「はは・・・当日もここは使わせてもらうからさ、よろしく頼むよ」

ひとまず久しぶりに再会した家族達との団らんを楽しんだブラウンは実家のベッドに横たわり、アーデントの事を想った。たった一日傍にいないだけでここまで寂しさが心を満たすとは・・・いや、だからこそ自分は彼女のために勝つのだ。

寂しさは確かに身を裂くように辛かったが、ブラウンの足を止めるには到底及ばない障害でしかなかった。

そして開催日までの間ブラウンは真摯にパンと向き合い、心を込めて一つ一つの生地を捏ね、焼き上げ続けた。親父もうなる程の出来栄えのパンを焼き、お客様へ提供する。

日々の小さな一つ一つの進歩を積み重ねていくだけ・・・ブラウンが最上級へ至る道は傍から見れば恐ろしく地味で・・・単調で・・・それでもブラウンはその一つを重ね続けた。

そして世界のパン祭り前日のこと、パン職人としては朝寝坊をできると姉さんが喜んでいるのは・・・ベーカー・ベーカリーは世界のパン祭りの材料を使っては意味が無いからと臨時休業の札をかけてあるから。

にもかかわらず店の扉をノックする誰かの音で皆は店の扉を開いた。

「申し訳ございません、本日は臨時休業しておりまして」
「あぁ・・・そこをどうにかパンを・・・パンを焼いてはいただけませんか?都市中の他のパン屋は全て断られてしまっていて・・・」

困った様子の来訪者はホルスタウロスの・・・近所の幼稚園の先生だった。事情を聴けば今日の給食に出すパンが・・・トラブルで配送できないことになってしまったのだ。他のパン屋は明日の準備のために臨時休業しているし、なにより明日のお祭りのために都市中の店も
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