「ベーカー・ベーカリーのブラウンです、当主様にパンを届けに来ました」
「お話は伺っております、こちらへどうぞ」
屋敷の中へ迎えられ案内された先は広々とした客間、そこに二人分の食事が並べられている。一般庶民の自分にはわからないが食器や調度品の数々はどれもきらびやかで高級そうな物ばかり、壁掛けの時計は時刻は11時50分頃・・・ちょうどお昼時だった。
温かそうな湯気を放つスープに大振りのチキンソテー、みずみずしく新鮮そうなサラダに古い文字で書かれた読めないラベルのワイン・・・安酒しか飲んだことの無い自分には縁のないヴィンテージものに違いないだろう。
豪華そうな昼食メニューだが一つ欠けているものがあった・・・主食のパンだ。このメニューに自分の焼いたパンを並べるというのか・・・我ながら出来栄えは悪くないが決してまだ一流の領域には至っていないであろう自分のパン・・・しかし今更退くつもりもない、ありったけをぶつけたパンなのだ。
「おまたせブラウン!うふふ、お昼が待ち遠しかったんだから!」
甘く弾けるような活力の熱気が部屋に訪れた。アーデント・グルナ・アールデー・イグニス、この魔炎の都市の当主を務めているバルログの魔物娘にして、我が愛しの女性だ。
「依頼のパンを焼いてまいりました、どうぞお受け取りください」
「ありがとうねブラウン!さぁて・・・香りは悪くなさそうだけど・・・」
彼女へパンの包みを手渡す、嬉しそうに受け取って包みを解かれる。焼き立てのちぎりパンがふわりと小麦の甘い香りと共に現れる。
「ふむふむ・・・ちぎりパンってやつだね・・・可もなく不可もなく・・・か、想定の範囲内だね・・・ブラウン、もっともっとパンを焼いて修行しなさいね?」
「っっ・・・はい、今はこのパンが精いっぱい・・・しかしいつか必ずあなたの心を射止めるパンを焼いて見せましょう・・・待っていていただけますか?」
「ふふふ
#9829;待っててあげるから頑張って修行してねブラウン・・・でもウチは最上級のパンでしか認めてあげないんだから!」
現状の評価は可もなく不可もなし、ギリギリ首の皮を甘めの判定で繋がった状態だろう。決定的な敗北ではない、これから全力を以ってパンと向き合うだけだと熱く燃え盛る心と愛しの彼女へ誓う。
「見て分かる通りだけど一緒にお昼食べよ?パンは・・・1つ分しかお願いしてなかったから半分こ!」
愛しの彼女と昼食を共にする。緊張に体中が満ちていても最上級のメニュー達はしっかりと美味しくて、彼女との束の間のおしゃべりはとても楽しいものだった。
「ごちそうさまでした!・・・さてとブラウン、単刀直入に言いますとただ待っているだけ何もウチの性に合わないから、あなたの修業を手伝ってあげたくなりました!・・・いいよね?」
「か・・・構いませんがいったい何を手伝っていただけるので・・・?」
「ん〜よそよそしいのは嫌い!ブラウン、今からウチに対して敬語禁止ね!わかった?」
「は・・・はい・・・じゃなかった、わかったよ・・・アーデント」
嬉しそうに笑うアーデント、多少強引なところも惚れたからには痘痕も靨、やはり美しく・・・僕の心を燃え上がらせる愛しい人だ。
「じゃあ厨房を貸してあげるからパンの作り方をウチに教えてよ!誰かに教えるのってそれはそれだけでも修行になるでしょ?」
「確かに言われてみれば・・・わかったアーデント・・・じゃあせっかくだから同じちぎりパンを焼いてみようか」
「決定!じゃあ善は急げ!ホラホラ行くよブラウン!」
僕の手を取るアーデントの手の平は柔らかくて・・・手汗とか力強く握り返していないよなとか初々しい反応しか出来ずに廊下を歩く。
やがて到着した厨房には話が通っていたのか既にひとしきりのパンの材料がそろっていた。決して僕がノーを言わないと信じた準備・・・何から何まで彼女の手の平の上という事だが・・・まあ今更気にすることもなかった。
調理の始まりは手洗いから、粉の計量と室温と湿度に応じた仕込み水の用意・・・今回も水の代わりにホルスタウロスミルクを使用する。
「へえ・・・粉に入れる水の温度まで細かく決まっているんだねえ」
「水だけじゃなくて生地の温度も大事なんだ、高すぎると過剰に発酵してアルコール臭がしたりして美味しくなかったり、逆に低すぎると膨らまなくて硬いぼそぼそしたパンになるし」
感心する彼女の傍でボウルの中に材料を合わせて混ぜ合わせ、ひとまとまりになったら捏ね上げの始まりだ。
「それじゃあアーデント、捏ねてみようか」
「ハイ先生!どのくらいになるまで捏ねるんですか!?」
「耳たぶ位の柔らかさで、それでいて伸ばしても薄く伸びてちぎれないくらいには捏ねるよ・・・大体10分か15分くらいかな」
「よーし・・・んしょんしょ・
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