そのにじゅうはち

魔物に生まれ変わったために神の加護を失いはしたが
人間より上位の存在になって技量も魔力も勇者だった頃からさらに高まったマリナ。
副作用というか魔物の本能が芽生えて色ボケになったのが欠点であるが
戦闘時にはさして問題はない。なぜなら、旧魔王時代に比べれば
かなり弱まってはいるが、魔物は強い闘争本能も持ち合わせているからである。
(ドラゴン系種族がその最たるものだ)
つまり、魔物は子作りにも戦いにもきわめて意欲的という、兵士として
実に優秀な生物…なのだが、反面、異種姦による繁殖でしか
子孫を残せないので、その出生率は決して高くはない。
しかも伴侶を得ると戦線どころか世間から退いて
愛の巣で延々と交わり続ける者が後を絶たないため、安定した兵力の維持ができない。
人と魔の勢力図が一進一退している主な理由がこの二つだ。
激しい情欲を宿したことで魔物は過去に例のない
平和よりの繁栄をとげたものの、それが同時に大きな足枷になったのである。
あちらを立てればこちらが立たずか。


そういう訳で、これから始まるというか対峙した時点でもう始まっている
二刀流勇者ジュナードVS魔界勇者ウィルマリナの一本勝負は
過程を吹っ飛ばして結果だけ残しても別にいいんじゃないかというくらいの鉄板だ。

「…………ヒュッ!」
鋭い錐のような息を吹き、敵の胸板めがけて本気の突き刺しをマリナが放つ。
ガキィイインッ!!
「ぬぐぐっ!」
ジュナードが×の字に剣を交差させ、必殺の一撃をかろうじて防ぐ。
どうやらこの勇者、己への自信は山盛りだが戦闘センスはないらしい。格上相手に
そんな戦い方で勝てるはずがないこともわからないのか。
二刀という構えは、基本的に、力か速さか技量のいずれかが
敵を上回ってないとなんの意味もない。敵の攻撃を片方の剣だけで防げるか、
速度で勝っているので回避できるか、難なく読みきれるか。
他には、素手の敵を相手にした場合も有用だが、それは武器全般に該当する事である。
どれも無理ならさっさと一本捨てて残りを両手持ちするか
ここぞというタイミングでどちらかを投げつけ虚を突くしかない。
ないのだが、双剣という呼び名に過剰な誇りを持っているような輩が
その誇りを投擲するような行為に及ぶとも思えない。
防戦に回らざるをえないのなら盾で防いだほうが安全だし
反撃もしやすいのだ。あんな危なっかしい防御ではいつ致命的なダメージを負うか
わかったものではない。
もしくは威力を度外視してとにかくスピードに重点を置いた
ナイフの二刀流か。当然だがそのナイフの刃には毒を塗っておくか呪いをかけておく。
付かず離れずでチクチクやって当たるまでやる持久戦だ。

「これでどうだぁぁぁ!!」
今や焦りを隠そうともしなくなったジュナードが、振り上げた二つの刃を
叩きつけるようにマリナの脳天めがけて垂直に振り下ろす。
ギギイイィィン!!
「むんっ!」
マリナは冷静に、頭上に掲げた魔剣の腹でその刃を受けとめた。
「……一足す一は二になるけど、片手剣の一撃足す片手剣の一撃は
両手持ちの一撃にはならないのよね……」
諭すように皮肉るリリム。
要するに二歳児が十人いても二十歳の大人一人と互角に戦えないのと同じだ。
計算の上では同じ意味でも質という意味では雲泥の差である。
「才能と神の加護の上にあぐらをかいて、武術の本質に目を向けようとしなかった。
だからそれしきの理屈も頭に入っていない。つくづく無様な勇者だ」
剣や槍の腕前が決して褒められたものではなかった
二流兵士だった俺でさえ理解してる常識が欠落しているのだから
無様以外のなにものでもない。
「手厳しいんだから」
「お前ら魔物娘が全てにおいて甘すぎるだけだよ、デルエラ」
「あら、嬉しいことを言ってくれるわね。どういう風の吹き回しかしら?」

不可解な解釈をするリリムはさておき、勇者対決は
しまりのない展開を繰り広げていた。
精神的にも肉体的にも疲弊の色を濃くして膝をついているヒューマン勇者に対して
我らがサキュバス勇者は余裕の表情を崩していない。
「負けないで!」「お、お前は、こんなとこでつまづくような奴じゃ…ないだろぉ!?」
「ジュナード、あきらめるな!あきらめたらそこで終了だぞ!」
希望に満ちた声援が、焦りを含んだ応援へと変わり、絶望をにじませた懇願へ。
この悲劇的な流れを彼らは脳裏にわずかにも浮かばせなかっただろうが
最初からわかっていた俺やデルエラには自覚のない道化達が演じる喜劇にしか見えない。
切ない笑いだ。
「…………諦める、だと?」
道化達の希望が、自嘲するかのように笑うと、ゆっくり立ち上がり、
「もし、お前たち全員の心が折れて、全てを諦めても、俺は諦めないさ。
むしろ激しく叱咤する。それが本当の勇気であり、そういう戦士こそが
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