そのよん

どうにもならないことが世の中にはある。
己の力では解決できない苦難が、それこそ山のように。
他の何かに頼るのもいいが、最後に役立つすべは、やはり己だけだ。
それを忘れたものはどんな容易い苦難も一人で乗り越えられなくなるだろう。
〜〜とある魔法学者の言葉〜〜

忘れてもいいから誰か助けてください。
〜〜とある教団の下級兵士の言葉〜〜

などと名言を脳内でつぶやいてる間にも
俺は刻一刻と追い詰められていた。
こんなときに奇跡をもたらすのが主神じゃないのか?とか思ったが
マリナ達の窮地にさえ奇跡ケチった奴があてになるはずもない。
八方どころか八百方塞がりだ。だが私は諦めない。
まず挙手。
「デルエラ先生、質問いいですか」
聞きたいことがあるので敬語で尋ねる。
「な、なにかしら?」
いきなりへりくだった俺にデルエラはとまどっていた。
「俺ってそんな絶倫じゃないし、むしろ淡白だし、しかも童貞なのに
いきなりこの四人相手にしたら衰弱死するんじゃないですか?」
これだけはどうしても聞いておかねばならなかった。
討伐とか以前に、この、デルエラいわく
愛の巣(笑)が墓場になりかねないからだ。
「もう、あなたにそんな無茶するわけないじゃない」
黙れ腹パン未遂サキュバス。
「………その不安はわからないでもないけど、そんな目にあった男の話は
今まで聞いたこともないし、杞憂ですむと思うけど…?」
俺が記念すべき一人目になる可能性があるだろうが。
杞憂ですむならそれに越したことはないが的中したら最悪すぎる。
別に生きがいのある人生でもないが、
死ぬのを待ちわびてるわけでもないのだから。
「なら、手っ取り早く、セックスする前に
インキュバスになっておくのはどうかしらねぇ」
なに言ってんだこのアマ。

やがて、再び姿を見せたデルエラが持ってきたのは
まがまがしい色の液体の入ったいくつもの小瓶だった。
「これが魔界でも希少な、上質な魔力を大量濃縮した秘薬で、これは
私のお手製の秘薬、そしてこれが……」
四匹の魔物娘たちはその説明を聞きつつ
『で、どれ飲むの?』といった目で俺を凝視していた。
……見た目や匂いからしてデッドゾーンな料理を
満面の笑みの若妻に出された夫の気分ってこんな感じか。
断るという選択肢があっても選べないとかむごいわぁ……
………………………まてよ?
「先生質問です。これ全部飲んだらどうなるんですか?」
…さて、この二回目の挙手と質問に、どんな答えが返ってくるのか…
「え、なんで急に乗り気になったの?
あなた、あれだけ人間やめることを嫌がっていたのに…」
「死ぬかもしれないよりマシ」
という俺の言葉に腑に落ちない様子ではあったが、とりあえず
『ひとつひとつだけでも即効でインキュバスになるほどの
強力な秘薬なのに、これ全部を飲んだりしたら…
…少なくとも、飲んですぐインキュバス化した直後に
この子達に襲いかかって、数十回…いや、百回近く射精して
ようやく我に返るってとこかしらねぇ』
ありがたい返答をいただけた。
「まあ……なんて素敵なんですの…」
耳が休憩しているはずのお姫様が
その発言にうっとりしているのを無視して俺は質問を続ける。
「それだけ絶倫になるということは、体力とかも
増強されるということですか?」
「体力だけじゃないわ。全てよ。
身体能力や知能……魔力……修練によって磨かれたスキルなども
おそらくは人間時よりはるかに上昇するでしょうねぇ。
普通は、周囲の環境に適応した肉体になったり、
男性器がとてもたくましくなったり、精液の量が
増大したりするとか、そのくらいだけれど…」
これらを全部摂取したら間違いなく
普通じゃ済まないわねぇ、と言ってデルエラは答えを締めくくった。
「へえ」
あえて生返事をしておく。
「毒を食らわば皿までだ。これ全部飲むけど、いいか?」
拒否の意見はなく、むしろ期待に息を荒げている四人を見て
俺は次から次へと秘薬を飲み干していった。案外うまかった。

変化はすぐにきた。
「ぐっ…!!」
胸から、下腹部から、身体の内側で炎が燃え上がっているような
そんな熱が沸きあがり、同時に頭のてっぺんからつま先まで
圧倒的かつドス黒さを感じさせる力がみなぎってくる。
俺はたまらず玉座から立ち上がり、豪奢な絨毯に
膝と両手をついて、ハアハアと苦しんでいた。
「あぁ、いよいよだね……頑張って………」
こらえきれずに上と下の口から涎をこぼしたマリナを俺は一瞥し
そして

「てぃやああああ!!」

呆気に取られるギャラリーが我に返る暇も与えずに
玉座の間の柱から柱へ跳ねるように飛び上がり、まだ触手が
まとわりついていない上方の壁の窓を蹴り破り
絶体絶命の状況から見事脱出した。
やっぱ人間(元人間だが)諦めない事が肝心だ。
デルエラの説
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