再会と驚愕と勇気

まるで重力の影響を無視しているかのように
俺は自在に壁を這いまわって目的の場所へと向かっていた。

「鬼が出るか蛇が出るか……乞うご期待だな」

――だが。
さっきの山羊ロリの話は腑に落ちない部分がある。
人間の女性は魔力を失ったり濃い魔力の影響を受けすぎたりすると
魔物娘となり、種族によって形態は違うが、例外なく美しい異形となる。
下半身が動物や昆虫のそれと化したり、翼や触手、鱗、角や尻尾が
生えたりと、バリエーションは多彩。
一方、人間の男性はというと、『インキュバス』と呼ばれる
魔物娘に都合のよい存在へと変化する。
海や川などに住む魔物の夫になれば水中でも呼吸ができるようになり、
砂漠や火山といった場所に住む魔物の夫になれば
暑さに対してきわめて強い肉体へと変質していくという。
なので、見た目は人間の頃とほとんど変わらず、極度に痩せていたり
肥満だったりしていたら妻にとって都合のいい体格へと
変わったりする程度なのだとか。
都合のいいとは、つまり……………………セックスしやすいということである。
魔王が代替わりして今の魔王になって以来、魔物たちはみな女性へと変わり
人間の男とくっついてぬっぷぬっぷするのが第一なのだという。
それはいいとして……

……じゃあなんで、れっきとした男である一也が
変わり果てた姿になったっていうんだ?そうなるのは女だけなんだろ?

いっしょに風呂とか入ったり着替えたりしたことあるから
あいつが男なのはこの目でとっくに確認している。ちゃんとついていた。
「やっぱ何か隠してやがるな、あのロリども」
後でまた尋問してやるぜ。


「……ここだな」
ぼんやりとした魔法の明かりが窓から漏れている静かな一室。
そこが二人にあてがわれている部屋らしい。
(そーっと……そーっと……)
できる限り気づかれないように、ミリ単位で頭を動かして、部屋の中を覗く。

二人とも毛布みたいなの頭からかぶっててわかんねえ。

なんかめんどくさくなってきたな。こんなことなら正面から入っていけばよかった。
まあ、聞き耳を立ててみよう。
俺の耳は普通の人間が拾えないようなほんのわずかな音でも
問題なく聞こえるからな。生まれつきの地獄耳だ。
『…どうしよう。ねえ、わたし、どうしたらいいのかな…』
『そんなの、こっちが聞きたいくらいだよ……。
ああ……はじめに、こ、こんな姿を見られたらと思うと、そこから飛び降りて
命を絶ってしまいたくなるよ……』
これはまずい。
(おおっと…!)
一也の視線がこちらに向きそうなのを感じ取って慌てて頭を引っ込める。
直後、バサッ……と、布が床に落ちるような音がした。
『そっちはまだいいわよ!わたしなんてドラゴンよドラゴン!
なんでそんな凶悪きわまりないモンスターにならなきゃいけないの!
退治される側じゃない!』
『僕のほうがより最悪だって!アルプってなんなのさ!
悪魔になるのは百歩譲って諦めても男じゃなくなるのは酷いよ!』
恵はいつものことだが珍しく一也まで吼えた。
本当に珍しい。最後にキレたのは電車に乗ってて痴漢にケツ触られたときだったか。
(とにかく好都合だ)
お互いにヒートアップしてる隙に俺は首を伸ばして
窓からとっくにネタバレしまくってるその姿を見ることにした。
「……………………………………」
予想以上に凄かった。

力強さを全身から発散しながらも、どこか色気のある、
これぞメスのドラゴンといわんばかりのその姿は、しかし、恵だとわかる要素を
とても色濃く残し、さらに引き立てていた。
一也も同様だ。恵の乳房よりも大きく膨らんだそれは
押せばそのまま指を飲み込みそうな柔らかさを
容易に想像でき、淫らさが特盛りされた芸術品のような美貌は
悪魔じみた尻尾や翼と相まってまさに人外の領域だ。
それと、よく見れば二人は髪の色も変わっていた。
恵の赤毛は真っ青になって、一也の黒髪はうっすらと白っぽくなっていた。

『…けどさ、別に、この姿が嫌ってわけではないのよね。
なんか、人間だった頃よりはるかに綺麗に思えるし。アンタの姿にもさ』
『だけど、はじめがそう感じてくれなかったら、意味がないよね』
『そうなのよねぇ………………ああもう!!』
『……拒絶されるくらいなら、会わないほうがいいのかな……』
悪いほうに悪いほうに思考が流れていってるな。無理もないけどよ。

で、どうしようか。
『話はすべて聞かせてもらった!』って窓から乱入するか。
部屋のドアの前で、『入るよ』『入らないで』って押し問答するか。
どっちも一長一短だ。


――結局、向こうから俺のほうに来るのを待つことにした。


コンコンッ
「い、いるよね?」
「話がしたいんだけど、あの、ドア越しでお願い」
割と早く来た。俺が覗き見をやってからまだ一時間も
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