そのいち

「うわぁ……これは駄目だわ…」
絶望的な気分で、周囲をぐるりと眺める。
視界全てに広がるどうしようもない淫らな光景。
様々な種類の異形たちが、自分の上司や同僚、後輩たちに襲い群がり、嬌声を上げて腰を振り、
歓楽街が裸足で逃げだすような状況を作り出していた。
おそらくは、兵舎の別区画でもこのような光景が繰り広げられているのだろう。
かすかにではあるが、武器と武器がぶつかりあう音や、魔物たちの喘ぎ声があちこちから聞こえてくる。
それらに対して俺の口から出てきたのはあきらめ混じりの感想だった。
まあ、実を言うと興奮も少し混じってた。
「……あー………………ここはもう手遅れだなこりゃ。
とりあえず、城に急いで向かうか。この惨状を伝えなきゃならんしな。
それに……マリナたちなら、なんとかしてくれるはずだ…よし!」
愛用している安物の剣を手に、かつて幼馴染だった少女――いや、人々の希望の星のいる城へと
俺は一目散に向かうことにした。

「ふう…」
城への道中は、思っていたより意外とたやすかった。
(兵士にあるまじき話ではあるが)積極的に戦おうとせず、逃走や
エンカウント回避に重点を置いていたのだが、それは徒労に終わった。
まったく魔物に出会わなかったのだ。
「まさか、罠………なわけないか」
プリーストには劣るものの、それなりに回復魔法を使えるため重宝されているとはいえ
しょせん下級兵士の自分に罠をかける物好きがいるわけもない。そもそも直接襲いかかればすむ話だ。
「考えるのは後回しだ」
俺は無駄な思案を振り払い、駆け足で開きっぱなしの城門をくぐった。
開きっぱなし?
「いやこれはたまたま守衛が開け放しておいたんだろきっと」
嫌な汗が出てきた。

「………嘘だろ………?」
息を切らせながら駆け込んだ庭園は、兵舎より酷かった。
守備兵たちは魔物にのしかかられ、メイド達は不気味にぬめる触手に絡まれ、
人も、人ならぬ者どもも、快楽に溺れていた。
「ちっ!」
舌打ちして、俺は城内へと疾走した。
まだだ、まだ、皮肉屋のミミルや、教官が、なによりマリナがいる。
「いるとするならば、恐らくは玉座の間だ」
あの大広間にこもっている可能性は高い。他にも篭城に適した場所があるのかもしれないが
城内に足を踏み入れることさえ滅多にない下級兵士の自分には、心当たりがまったくない。
「たしかこの廊下をまっすぐ…」
「遅かったねぇ……んふふっ」
前方の暗がりから聞き覚えのあるハスキーな声がした。
「ずっと、ずっと、ずぅ〜〜〜〜〜っと、待ってたんだよぉ〜〜〜〜」
この幼い声も聞き覚えがある。
しかし…あの二人は、声にこんな甘さを漂わせていたか?
やがて暗がりから、頼みの綱にしていたあの三人のうちの二人が姿を見せた。
「げっ」
一瞬にして頭の中が冷え切り、呻きがこぼれた。
なぜなら、その二人とは、触手を身体に這わせた半裸じみた服装のミミルと
下半身が蛇のそれと化した教官だったから。
「おいおい、こんないいオンナ二人に、げっ、とは酷いんじゃないのかい?」
「そ〜だよぉ、おにいちゃん酷いよぉ〜〜〜〜ぷんぷん!」
「そ、そうだな。ところでマリ…ウィルマリナさまはどこに?」
動揺を押し隠し、二人に――いや、二匹の魔物に尋ねる。
逃げるにせよなんにせよ、彼女の安否を確かめねばならない。
「ああ、彼女なら、まだデルエラ様に可愛がられてるよ。
アタシのときみたいに、念入りに、たぁ〜〜っぷりと、ね」
「さっき覗いたんだけどねぇ〜〜、すっごい声で鳴かされてたよぉ〜〜〜〜あはははは〜〜」
…マリナまでもが……………終わったなこれは………
「な、なるほど、それはそれは…
…いやあ、それにしても教官もずいぶんと下が美しく長くなったようで。
それに、ミ、ミミルも、なんとも大胆なイメチェンだね。マジ驚いた」
頭がクールダウンしてくれたのは不幸中の幸いだった。
棒読みのほめ言葉に二人がまんざらでもない反応を見せようとしたそのとき、俺はきびすを返して
もと来た道を全力疾走する!!
マリナまでもが堕ちた以上、もはやここにいても先はない。
できれば王女さまを、フランツィスカさまだけでも助けたいが、俺の実力ではどうにもできん。
その、デルエラとかいうとんでもない魔物がマリナに執心しているうちに
サーシャ姉たちを連れて森に行き、そしてプリメーラと共に近隣の国へと落ち延びるしかない。
これは敗北ではない、一時的撤退だ!
「すごく冷静な判断ね…下級兵士のわりには、なかなか頭が回るのねぇ、あなた…」
囁くような声が耳元でした。
全身が総毛立つ。まさか、この声の主が、デルエラか?
反射的に振り向こうとした直後、俺は指一本すら動かすことができなくなっていた。
「ええ、昔から切れ者でしたよ。あと、たまに毒を吐くときもありました
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