これまでのあらすじ
〜嫁をからかうのは程々にしたほうがよい〜
しかし手遅れだった。
後悔先に立たずとはよく言ったもので、俺は今、マリナの椅子にされていた。
優勝後、無言でこちらに近づいてきた彼女は、すでに俺に腰掛けていたミミルに
「じゃま」と言って抱きかかえると横に降ろし、空いた席に尻を置いた。
その静かな迫力に誰も何も言えなくなり、息苦しい沈黙が
恐ろしいことに今も続いている。
そんな中で俺は、どっちかというとお前のほうがサイズ的に邪魔くさいとか
言ってみたいのだがウィルマリナ山の大噴火を誘発するような真似はやっぱできねえ。
(打開策は?)
俺はデルエラに視線で助けを求めた。溺れる者は藁どころか空気でも掴む。
(ないわね)
目を逸らされた。
…時間が怒りを静めるのを願うしかないのか…
「えへへ、反省した?したなら許してあげる〜」
アタマ撫でてたら十分くらいで静まった。ちょろい。実にちょろい。
陽気さを振り絞って司会のフェアリーが必死に声をはりあげ、
徒手空拳トーナメント開始の宣言を始めた。
もう余計なことするなよという周り(主にデルエラ)の無言のプレッシャーを
無神経という名の亀甲ガードでそらしながら、俺はプリメーラの戦いぶりを
鼻歌交じりで見物することにした。
人間椅子やってるこの状況ではそれしかできないし。
観客席のほうから『わたしも椅子になりたい』とか悲鳴のような叫びが
いっぱい聞こえた気もするが組体操でもやってろ。
「わっふうっ!」
試合は、闘技台の上で縦横無尽にプリメーラが飛び回り
ジパングにのみ生息するというアラクネ亜種――ウシオニ――を翻弄していた。
「ええいっ、うっとおしいっ!!」
怒りに任せて蜘蛛糸を放とうとしたウシオニが
「それはレッドカードですよー」
フェアリーに待ったをかけられ慌てて動きを止めたが、狩人にして獣たるプリメーラが
そんなおいしい瞬間を見逃すはずもなく。
「いただきいいいい!」
ドガッ!!
「うぐうっ……!」
腹部に重い一撃をくらい、さすがの猛魔も膝?っぽい部分をついた。
『一本!!』
文句なしの一本勝ちである。
「こっちはプリメーラの優勝で決まりね」
俺の胴体を背もたれにしたマリナが、強い確信を秘めた口調で言った。
「………………」
「なにか、懸念材料に心当たりでもありますの?」
同意も皮肉も客観的な意見も俺から出てこないことに違和感を感じたのか
フランツィスカ様が胡乱な目でこっちを見てきた。
「ないといえばないし、あるといえばあるというか」
心当たりがあると言ったらその出場者との関係を邪推されかねないし
正直に言えば無駄に警戒させてしまうので、これ以上追求される前に
俺は触手女王の口に指を突っ込んで黙らせてみた。
「むぐむうぅ?んっ、むんむうううう…みゅむうっ。
んぷ、ちゅぷぷっ、んむっんんんん〜〜〜〜〜〜〜っ。
お、おいしっ、貴方の指、おいひいいいぃ……」
最初は意表を突かれ、とまどってたが、すぐに赤子のように吸ってくれた。
これでよし。頼んだぞ俺の左手の中指と人差し指。
以降は特に荒れることもなくトーナメントは準決勝まで進み、
格下とばかりぶつかっていて欲求不満気味だったプリメーラだったが
ついに優勝候補の一角『真紅の焔』と激突することになった。
元々は二本の短刀を用いた戦いを得意とする勇者だったという彼女は
ワーウルフとなった今でも、刃の代わりに爪でそのスキルを遺憾なく発揮していた。
「ちょっとおにいちゃん、まずくない?」
頭の回転が速いミミルが可愛らしい顔を険しくした。それでもなお可愛いが。
「あー、負けるかな、これは」
闘技台ではプリメーラが劣勢に立たされていた。
「ほらほら…すばしっこさが貴女の持ち味だったんじゃないの?」
「ぐっ、きゃふうう!?
いたたっ……………こ、このおおおぉ…!」
右肩を蹴られ、ぐらつきながらプリメーラが怒りにうめいた。
人狼となったとはいえ、プリメーラの半分は接近戦に向かない種族で有名な
あのエルフ分でできている。
これまでは元勇者というアドバンテージや魔物相手の豊富な戦闘経験によって
ハーフエルフというハンデを気にせず勝ってきたが、この相手は
その長所全てで彼女を超えていた。
プリメーラでは対応できないような一瞬の合間を『真紅の焔』は
クリーンヒットとまではいかないまでも、それなりの威力で突いては、プリメーラに
少しずつダメージを蓄積させて勝負を有利な方向へと導いていく。
この手の戦士や魔物が用いる、つかず離れずの中距離戦。それをやるには
まだプリメーラでは経験が浅いのだ。
「応援するか」
しても士気向上しかできんがやらないよりはマシだろう。
「私のときはしなかったのにプリメーラには自主的にするんだ。
へえーーーーー。ふーーーん。そうな
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