剣を突き付けられてなぜ笑っていられるのか。少しでも不審に思っていたらこんなことにはならなかっただろう。
「ここに人間の国の兵士たちがやった来たはずだ。お前がここの兵士だというなら何か知ってるだろう」
目の前にいる小柄な少女はここ不思議の国の兵士――トランパートだと言っていた。姿は人間と見分けがつかないが、魔物の世界に住んでいるということは彼女も魔物なのだろう。制服と思われる上着には、トランプのダイヤの刺繍が九つある。兵士らしく細身の槍も持っていたのだが、今は傍の地面に突き刺さっている。僕が剣を抜いているというのに、彼女は戦うどころか身を守る意思すら見せていない。
「人間は時々迷い込んで来るけど、兵士だったかどうかなんて知らない。誰もそんなこと興味ないし」
「兵士『だった』?」
「どうせ一週間も経たないうちに誰かと結婚してこの国の住人になっちゃうし、そうなったら働く必要も無くなるから」
魔物に捕まった男がどうなるかは知っている。しかし国王への忠誠を誓った兵士があっさりと魔物の国の住人になるだろうか。強力な魔術などで精神を虜にされたとしたら、僕一人では手に負えない事件かもしれない。
「とりあえずここ半月の間に迷い込んできた人間のところへ案内してもらおうか」
「えーめんどくさい」
「動くな!」
トランパートが立ち去ろうとしたのを見て僕は叫んだ。
「逃げようとしたら背中を見せた瞬間斬る」
「それじゃ道案内もできないよ」
「横に並べばいい。恋人同士になったふりをすれば他の魔物にも怪しまれないだろう」
「それを抜いたままで?」
「ナイフもある」
腰に差したナイフを見せると、トランパートはむくれた。
「女の子に物騒なもの突き付けて脅すの?」
「人間の女性にそんなことはしない。でも、お前は魔物だ」
「君みたいなかわいい子には武器なんて似合わないよ」
かわいいだと?
魔物の口から出た言葉は僕の怒りに火をつけた。散々聞きなれた言葉ではある。
幼いころ両親について行ったパーティーでは貴族の少女たちにかわいいと言われて無邪気に喜んでいた。しかし、声変わりしてからも言われ続けるのはむしろ侮辱に等しい。貧しい騎士の家柄では文句を言うわけにもいかず、社交場に顔を出すくらいなら剣の修行に励むようになった。武勲の一つでも上げれば一人前の男として見てもらえると思ったからだ。
「今のは侮辱と受け取った。槍を取れ。殺しはしないが少し痛い目を見てもらう」
「それは困るなあ。暴力沙汰を起こすと女王陛下に怒れレちゃうよ」
背中を見せたら斬ると警告したからか、トランパートは後ずさりを始めた。一々癇に障るやつだ。
「逃げるなと言っただろう」
剣を突き付けたまま一歩二歩と踏み込む。頭に血が上っていたせいで、トランパートの口元が動いてるのに気づかなかった。
「三、二、一」
「おい、何を数えて――うわわっ」
踏み出した足の靴を擦る感覚があり、何かがズボンの裾から中へ侵入した。すねから膝へとざわざわした物が這い上がって来る。ベルトを押しのけて顔を出したのは、親指ほどの太さのある蔓だった。そのまま蔓の先は伸び続けて僕の顔の前を通り過ぎ、頭上高くにある木の枝まで届いてしっかりと巻き付いた。さらには枝分かれした蔓が腰に絡みつこうとしてくる。
「大成功。動けなくなったらゆっくり尋問してあげるからね」
にやにやと笑いながらトランパートは指をわきわきと動かして見せた。ろくでもないことをするに違いない。
「おっと刃物は没収しておかないとね」
上から降りてきた蔓が剣とナイフを僕から巻き上げた。ズボンの片側を貫く蔓を切る手段が一瞬で失われてしまった。このまま拘束されたら一巻の終わりだ。
「背に腹は代えられない」
僕はズボンとパンツを一気に引き下ろして足を抜いた。間一髪、大きくなった葉に引っかかったズボンとパンツが伸びる蔓と共に上昇していった。脱出が遅れていたら宙づりになっていただろう。
「よくもやってくれたな」
トランパートの方を向くと誰もいない。視線を落とすと彼女は文字通り笑い転げていた。
「あはははは、丸出し、下丸出しで怒ってる」
「当たり前だ」
「ごめんごめん。不公平なのは良くないよね。君はさっき私に槍を取れって言った。つまり丸腰の私に剣を振るうつもりは無かった。というわけで――」
スカートの脇を少しまくり上げると、トランパートは下着を脱ぎ始めた。呆気に取られていると、彼女は脱いだばかりのパンツをこちらに放り投げた。思わず受け取ってしまう。
手の中に飛び込んできたそれは、淡いピンク色をしていた。サイドがひも状になっており、前には小さな装飾のリボンが付いている。
「どう? 結構かわいいと思うんだけど」
トランパートの声で我に返った。完全に見とれてしまっていた。
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