はあ、急な予定の変更で午後が丸々空いてしまった。
今からどこかに出かけるような時間でもないし、平日じゃ友達もつかまらない。
これがせめて休日ならなー。
とはいえせっかくの空いた時間、何かいつもとは違う事をしたい。
たとえば昼間から飲みに行くとか・・・
うーん、でも俺ひとりで飲み屋行ったりするほど酒好きってわけじゃないしな・・・。
そんな時、走る電車の車窓から、青空に伸びる一本の煙突が目に飛び込んできた。
―そうだ、銭湯に行こう―
しばらく温泉にも行ってないし、久しぶりに足の伸ばせる風呂に入るのもいいかもしれない。
そう思った俺は近所の銭湯“成金(せいこん)の湯”へと来ていた。
去年風呂が壊れた時にも何度か来た銭湯で、いかにも昔ながらのって感じの銭湯だ。
“壺湯はじめました”
銭湯の入り口にそんな張り紙がしてあった。
なんだ壺湯って。
そんな冷やし中華みたいに始められるものなのだろうか?
「いらっしゃい」
扉をくぐり靴を下駄箱に入れると、カウンターに座る女性が俺を出迎えた。
若い女性に見えるが、頭の上の丸っこい耳や時おり手入れしている尻尾から分かるとおり人間ではなく魔物で、実際の年齢は不明だ。常連の爺さんたちの話では刑部狸という種族らしい。
なんでもここの主人と大恋愛だか大買収だかの結果ここの女将に納まったのだとか。
「大人1人」
「はい、300円ね」
うーん相変わらず安い。
・・・けど隣町には大人200円という破格に安い銭湯があるのでなんとも微妙感がぬぐえない。しかも向こうの女将は美人の妖狐(※未婚)で女将目当てに通う客もいるとかいないとか。
こちらの女将も見た目だけなら若い女性なんだけど、暗い眼つきとか立ち居振る舞いからなんともいえない不気味な貫禄を醸し出していてとてもそういう集客にはつながりそうもない。
胸も小さいし。
「なにじろじろ見てんだい、旦那以外は金取るよ」
そんな事を考えていたらジロリと睨まれた。やばい。タオル借りてさっさと脱衣場に行こう。
「あ、すみません、タオルのレンタルお願いします」
「はいよ、千円な」
「え!?」
高っ! 見た目に違わぬぼったくり価格!
というか去年来たときはレンタル無料だったはずだけど・・・
「冗談だよ。とっとと行きな」
大小のタオルを出しつつキセルを咥える女将。これでいいのか客商売・・・
―おや、今日も眼つき悪いねえ―
―ハッくそじじい、まだお迎えが来ないのかい―
後ろで別の客に軽口をとばす女将の声が聞こえる。
この辺りは下町っぽいところがあるし客も昔からの常連が多いから、あれでいいのかもしれないな。
―ガラガラガラ―
着替えをすませ浴場に入場。
まだ早い時間だから客も少ないな。
しっかしここの壁絵・・・不死山は確かによくあるけど、噴火してるのはかなり珍しいんじゃないか?
さてまずは体を洗おう。シャンプーと石鹸は備え付けので・・・
ここはタオル含めてぜんぶ借りられるので、手ぶらで来れるのが気軽でいい。
よし、湯船に入るか。
そういえば表にでてた“壺湯”ってのはどれの事だ? それらしいのは見当たらないけど。
・・・ん?
湯船の脇に見たことない扉がある。
“壺湯はこの向こうです”
外、なのかな? まあいいや、せっかくだから行ってみよう。しかしこんなところに扉なんてあったっけ。
―ガチャッ―
「え?」
扉を抜けると広い空間があり、壁際には人がひとり入れるぐらい大きな壺がずらりと並んでいた。
そして壁の反対には大きな窓があり、その窓の向こうは――
「は? え?」
窓の向こうは、どこまでも広がる砂の海でした。
すっげ、地平線が見えるぞ。
狐につままれた気分――いや、狸に化かされた気分で周りを見渡すと、入ってきた扉の脇にまた張り紙があった。
“壺湯はミミック系種族の協力で異空間に増設しています。危険はありませんが、けして窓の外には出ないようお願いします”
ああ、異空間ね。なるほどなるほど・・・ってなんじゃそりゃ! なんでも有りだなまったく。
まあいいか、魔物のやることにいちいち驚いてたら精神が持たない。
それよりもこのずらりと並んだ大きな壺、というか甕? これが“壺湯”ってやつか。
壺にはなみなみと湯がはってあり、壁にはそれぞれの説明書きもついている。
どれどれ・・・
“あつぼ湯”
とても熱いです。長時間入るとのぼせます。
“ふつぼ湯”
普通の温度のお湯です。今日はよもぎ湯です。
“どつぼ湯”
ぬるめのお湯です。いつまでも入っていられます。
“水甕”
水風呂です。冷たいです。
なるほど。風呂はこの四種類のようだ。
さてどれに入るか。幸いこの壺湯スペースにいるのは俺一人なのでどの湯からでも入れるのだが、自由となるとかえっ
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