ゲイザースレイヤー

山近くの小さな町、酒場に一人の男が入ってくる。

くたびれたマントを羽織った姿は、よく言えば旅慣れている、悪く言えばみすぼらしく薄汚れていた。ただその目だけがギラギラと燃えるように光っている。
男はまっすぐにカウンターに進むと、そこにいた女に「ソーダ水」とだけ言い、差し出された瓶の中身を半分ほど一息に飲んだ。

「ここは冒険者ギルドだと聞いたが」
小さく息を吐いた後、男が静かにたずねる。女はそれに答えて、
「酒場と兼業さ。私が受付嬢ってわけ」
中年の女はしなを作って言う。10年前であればその仕草もサマになっていたのかもしれない。
おどけた常連の野次が飛ぶ。女は毎度のことのように軽口で受け流した。

「それで? 冒険者ギルドに何の用だい」
男は一枚の紙を差し出す。

「“ゲイザー”が出たと聞いた」

「この紹介状、あんた・・・」
紹介状を見た女は顔色を変え、男を見返す。

「おいおい兄ちゃん、まさかあんたがゲイザーを退治しようってんじゃないだろうな」
赤ら顔の酔っ払いの一人が男に近づいてきた。筋肉で盛り上がった体は、旅の男よりも頭一つ大きかった。
「やめなよ。この人は・・・」
カウンターの女がたしなめる。だが、

「あんだよ! 俺には無理でもこのヒョロっちいのなら出来るってぇのか!?」
酔っ払いが男の肩を乱暴に掴む。だが男は動じた風もなく、わずかに体をよじった。
すると酔っ払いの体が大きく泳ぎ、男のマントを掴んだまま床に倒れこんだ。

「おいおいビリー、酔いすぎだろう。もう足にまわってんのかぁ?」
酒場にはドッと笑いが起こり、床に倒れた酔っ払いを囃し立てた。
「う、うるせえ! ちょっとつまづいただけだ!」
酔っ払いはもともと赤かった顔をさらに赤くして怒鳴り散らす。
「だいたいこの野郎が――」
倒れたまま振り返る酔っ払いの目の前に、それは現れた。

マントの下から現れたのは、マントと同じくらい古びた装備。
要所だけ金属で覆われた軽鎧に、傷だらけの小盾。
しかしその中で、黒塗りの鞘に収まった剣だけが異彩を放っていた。

鞘にはいくつもの禍々しい“目”が描かれ、そのどれもが大きく“
#9587; ”で潰されていた。

―お、おい、あの剣ってまさか・・・“ゲイズリスト”か?―
―ああ、旅人が言ってた“目潰し丸”とそっくりだ―
―てことはあいつが・・・―

剣を見てどよめく酒場の客達。その目には期待、そして安堵が浮かんでいる。

「これで鉱山も開けられる」「そうとも、町も救われる」
「魔物退治の専門家が来たなら安心だ」「ああ、ゲイザーさえいなくなれば」

「あんた、その・・・すまなかった」
さっき床に倒れた酔っ払いが立ち上がり、掴んだままのマントを男に差し出した。

「――なにか勘違いをしているようだが」

周りの喧騒に無反応だった男が、酔客たちに向きなおり口を開いた。
客達の会話がピタリと止まる。

「俺はこの町を救いに来たわけじゃない」
「っ―!?」

冷や水を浴びせるような言葉に場の空気が張り詰める。

「俺は、ゲイザーを殺しに来たんだ」
静かに続ける男。

「それと俺は“魔物退治の専門家(モンスターハンター)”じゃない」
男は差し出されたままの手からマントを受け取り、羽織る。

「“ゲイザー殺しの専門家(ゲイザースレイヤー)”だ」
周囲の息を呑む音が聞こえた。


男はカウンターの女に部屋と食事、それと会計を頼み、懐から袋を取り出す。

「目玉ひとつ」
―チャリン―

手の中から銅貨を一枚置く。

「残さず」
―チャリン―

さらにもう一枚。

「皆殺しだ」
―ジャララララ―

テーブルの上に様々な国の銅貨・銀貨が広がった。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「ここか」
木枠の朽ちた、古い坑道の入り口に男は立つ。
酒場で聞いた話では、ゲイザーはこの奥、今は使われなくなった坑道に住み着いているという。
そのためこの鉱山全体を閉めざるをえなくなり、鉱山労働者が集まって出来たふもとの町は困り果てているらしい。
だが、男にとってはどうでもいいことだった。この奥にゲイザーが居る。そのこと以外は全て。

男が鞘からすらりと剣を抜くと、刀身から発する蒼い光が坑道の暗闇を指し示す。
「・・・いるな」

 三つは太陽の下の光の民に
 七つは月夜に蠢く魔の血族に
 一つは死すべき運命(さだめ)の闇の子に
 
 蒼き光はまなこを見つけ
 蒼き光はまなこを照らし
 暗闇の中に縫い止める
 影さえ差さぬ、暗黒の中に

刀身に刻まれた古代文字が蒼い光の中に暗く浮かび上がる。
この剣がゲイザー殺しの剣といわれる由縁。
使い手をゲイザーの元へ導く剣。

この剣がどういう来歴のものかは誰も知らないし、男も何も話さない。
古代の刀工が一縷の希望を打ち込んだものか、ある
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