〇月夜に仕掛ける
静かな夜。
生き物が皆おだやかに寝静まる夜。
サバト本拠地である城の中を、影たちが音もなく駆けていた。
滑るように走る影が扉の前で止まる。
扉に耳をあて、しばし。
他の影たちに頷くと、ハンドサインでカウントダウンを始める。
―3、2、1・・・―
音もなく扉が開き、影のひとりが部屋の中へ滑り込む。
やがて部屋から影がもどると、他の影たちに指で丸をつくって見せた。
他の影はそれに小さく頷いて返すと、また音もなく滑るように走り出す。
影たちの去った後にはただ、少女達のおだやかな寝息が聞こえるだけであった。
* * *
* *
* * *
「ルドルフ隊より伝達、
“鼻は2度輝いた”」
「了解、ダンサー隊はこれよりダッシャー隊と合流。2層へと向かい、これの援護に務めます」
通信を聞いた影達は次の行動へと移るべく移動を開始する。
しかし移動する途中、次の目標地点の手前で、別の影たちが廊下の曲がり角で立ち止まっていた。何があったか聞くより先に影たちがこちらに気付き、廊下の先を指さす。
指さす先を見ると、一人のパジャマ姿の魔女がトボトボと廊下を歩いている。
「トイレかな?」
「おそらくは」
「どうする? 首トンするか?」
「主席に鉄拳制裁されたいなら止めないぞ」
影たちは微かな声で言い交わす。
夜はまだ始まったばかりだ。
* * *
「こちらキューピッド隊。支援要請了解。ダンサー隊・ダッシャー隊はそのまま待機されたし」
屋根の上で待機していた影たちに通信が入る。
「さて出番だ。マーレイ、行けるか?」
「HO、HO、HO、愚問じゃよ。準備は万端、プランはA。では行ってくるわい」
マーレイと呼ばれた影はいたずらっぽくウィンクで答えると、そりの手綱を引いた。
「それ行け、走れ、キューピッド! ダンサー・ダッシャーをお助けだ!」
弓から放たれる矢のように、そりは空へと飛び出していった。
* * *
少女は一人、窓の外をながめていた。
いつもは夜でも騒がしいサバトだが、今日は穏やかな静かさに包まれている。
彼女がベッドから抜け出たのは今日のパーティでブドウジュースを飲みすぎたせいだったが、用を足した後もこうして静まり返った廊下を散策しているのは、この夜独特の、静謐な空気に誘われたからだった。
皆が寝静まり、まるで自分ひとりだけがここに取り残されたような、かといって夏の肝試しのような不気味な暗黒がそこかしこで這いまわる雰囲気とは違う、どこか安らかな、そしてなにか不思議なことが起こりそうな。
けして神秘趣味ではない彼女も、この夜ばかりはそんな気分に浸っていた。
(ん?)
そんな彼女がふと何かに気付き、耳をすませる。どこか遠くから、小さな鈴の音が聞こえてくる。そして、彼女はそれを見た。
夜空の中、サバトの尖塔よりも高いところを何かが飛んでいる。
(そんな、まさか)
信じられないものを見る目で、彼女はそれに釘付けになる。彼女は知識としてはそれを知っていた。しかし、サバトの皆のように心からそれを信じていたかというと、正直なところ半信半疑というところだった。
(本当に、空を走ってる・・・)
彼女の視線の先で、トナカイらしき生き物に引かれたそりが空を渡っていく。
『ホーッホッホー、それ急げ、やれ急げ。最初は町へ、お次は城へ。良い子にゃ素敵なプレゼント、悪い子は黒いサンタの石つぶて。子供たちが夢ん中、わしらの事を待っている。それ dash away,dash away,dash away all!』
遠ざかる声を聞いて彼女はハッとした。もうすぐここにサンタがやって来る!
もしサンタさんにこの真夜中に起きて出歩いているところを見られたら・・・“悪い子”認定される可能性が大だ! そしたらプレゼントどころかもっと酷いことになるかもしれない。
少女は身をひるがえすと、足早に部屋へと戻っていった。
(明日の朝起きたらみんなになんて言おう。空飛ぶサンタをこの目で見たって、信じてくれるかな)
* * *
―ダンサーよりキューピッドへ、目標は移動を開始。ミッションは成功した―
「ホッホッホー・・・、よし上手くいったようだな。マーレイより本部、これより帰還する。指向性スピーカーも上手く機能しているようだ」
『本部了解。戻る際は地上の裏門を使え。ご苦労だった』
「マーレイ了解。よし、あそこに降りるか」
男はサバトから離れた森の近くの街道にそりを着陸させ、トナカイモドキをなでる。
そしてサバトへとそりを向けたとき、彼は気付いた。
(ん? これは・・・)
足元にうすく積もる雪。その上に残る、大量の足跡に。足跡は街道を横切って森の中へ入っていく。
その向
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