〇クリスマスまで何マイル?
「いないもん!」
「いるわよ!」
早朝のサバトの廊下、なにやら二人の魔女が言い争っている。
互いに眉を吊り上げ罵りあいながらも、その顔から可愛らしさが消えないところはまさしく魔物といえよう。
そこへゴツゴツと蹄を鳴らしてバフォメットがやってきた。
「お主ら、何を言い争っておる? もうすぐ始業時間じゃぞ」
言い争っていた魔女達は、口々に自分の主張をバフォメットに向かって投げかける。
バフォメットは二人の言葉をうんうんと頷きながら聴いていたが、やがて
「え、おぬしまさか・・・」
バフォメットは信じられないものを見る目で魔女の一人を見つめた。
「言ってやってくださいバフォ様!」
魔女の一人がバフォメットの後ろで勢いづく。
「まさかサンタの正体は兄上だとかいう噂、本気で信じておるのか?」
「だ、だって私のお兄ちゃんが『サンタなんていない』って」
* * *
魔女たちにバフォメットが加わりさらに口論が激しくなったところへ、優しそうな顔立ちの青年と厳めしい顔をした壮年の男が通りかかった。
「こらこら、何をケンカしているんだい」
「それもバフォメット様まで一緒になって」
「あっ、兄上ー♪」
『筆頭お兄様に次席お兄様、ご機嫌うるわしゅう』
喜色を満面に浮かべるバフォメットと、深々と頭を下げる魔女達。
「あの、毎度毎度そういうのいいですから。普通にして下さい。・・・で? 何を言い争っていたの?」
青年はそんな魔女達に辟易としながら妹に語りかけた。
「うむ、それがな・・・」
「聞いてください! 先輩が私のお兄ちゃんのこと、うそつきだって言うんです!」
「だってサンタさんがいないなんて言うからでしょ!」
「私のお兄ちゃんはウソなんてつかないもん!」
「落ち着くのじゃ二人とも。・・・とまあこういうわけなのじゃ」
妹達の様子を見て青年は事態を把握した。
「ああ、なるほど・・・。君のお兄さんは確かエリックか、彼は今年の春に入信したんだったね」
「はい、そうです。春の遠征(潮干狩り)の時、悪い教団に洗脳されていたお兄ちゃんを私の愛の力で改心させたんです」
「うん、その時の君の活躍は妹からも聞いているよ。ということは・・・エリックは魔界のクリスマスは初めてか」
「えっと、はい。そのはずです」
魔女の答えに少しの間考え込む青年。
しかしすぐに微笑を浮かべ、口を開いた。
「なるほどなるほど。原因はわかったよ」
「さすが兄上なのじゃ!名探偵なのじゃ! まるっとすべてどこまでもお見通しなのじゃ!」
「? どういうことですか?」
「つまりね、簡単に言うとエリックは君にウソをついたのさ」
「ええ!? お兄ちゃん、なんで・・・」
「ああ、落ち着いて。もちろん理由があって、君のことを思ってついたウソだよ」
「??」
少女達の不思議そうな顔を見ながら、青年は説明し始める。
「教団領ではクリスマスのことを復活祭と呼ぶことを知ってるかい?」
「いえ・・・」
「聞いたことはありますが、それが一体」
「細かい説明は省くけど、教団領におけるクリスマスは、主神教の教義と深いつながりがあるんだ。
例えばサンタクロースの正体は、教団領では聖・ケンコクラウスという聖人だっていうことになっている」
「ええっ!?」
「冬の妖精ではないのですか?」
「そう。魔界でサンタクロースといえば、冬の寒さに耐える人たちにプレゼントを配って回る、冬至の妖精のことだね。けれど教団領では、主神の教えに従う子供に金貨を配って回る聖人・聖ケンコクラウスだと信じられているんだ」
「ええー、金貨よりもプレゼントのほうがいい」
「私もそう思います」
「まあそれは置いといて・・・。エリックは教団領で生まれ育ったんだよね?」
妹達のいぶかしげな顔に苦笑しつつ話を続ける青年。
「はい。30歳まで教団の街で暮らすと教団所属の魔法使いになれるらしいので、義父様たちがお兄ちゃんの将来のためにって」
「うん。するとエリックは、サンタクロースのことを聖ケンコクラウスだと思っているんじゃないかなあ」
「えっ・・・」
「そうするとサンタクロースは君のところには来ない、なぜなら君は主神教徒ではないから。・・・とエリックは考えた」
ハッとした顔で言葉を失う魔女たちを前に、青年は続けた。
「でもサバトは皆クリスマスにサンタが何をプレゼントしてくれるか楽しみにしている。でも来るはずがない。サバトは教団の狂った教えとは真っ向から対立するものだから。
・・・そもそもエリックは、クリスマスは教団の祭りだと思っているはずだ。自分を洗脳していた教団の祭りを、助けてくれた君自身が祝ってるのを見て混乱したんだろうね」
「それで、お兄ちゃん“サンタはい
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