さわやかな空気、なだらかな斜面に咲き乱れる花々、さえずる小鳥、湖畔で水を飲むシカの親子…
ヒアット近くに存在する山「モリトヒル」は、所々に生い茂る緑の木々の「森」とそこそこ高低差のある「丘」によって構成されており、近くの村やヒアットの住民はよくピクニックやデートの場所として選ぶことが多い。
また危険度も比較的低く、子供がキノコ取りに行ったり、駆け出しの冒険者が資材を調達しに行くこともしばしばある。
気象も穏やかで自然の恵みに溢れたこの場所は、まさしくヒアット住民の憩いの場所と呼んで良いだろう。
だがしかし…それは、あくまでも「「普通の」ヒアット住民」にとっての話。
実は、一般市民や弱い冒険者に開放されているのは「モリトヒル」のほぼふもとでしかない。
ひとたび奥に進めば、より鬱蒼とした森林と曲がりくねった路地が方向感覚を混乱させ、中途半端に高低差のある地形が移動による疲労を地味に増やしてくる。
さらには、クマやイノシシといった猛獣…すらエサにする魔界動物「ブルーラプトル」も生息しているのだ。
真っ青な獣脚類…「ヴェロキラプトル」や「デイノニクス」といった小型肉食恐竜のような見た目をした彼らは、多数の群れを成して獲物を狩る習性がある。
一頭一頭がライオン並みのパワーがある彼らに束になってかかられれば、流石の魔物やちょっと鍛えた程度の人間であればひとたまりもない。
つまり、何が言いたいのかというと…「モリトヒル」の奥地はふもとと比べて危険なのである。
その為、そこに入れるのは一人前の勇者、ベテラン冒険者、そして勇者候補生と引率の教官しか入れない。
特に、勇者候補生はそこでサバイバル訓練(キャンプ)や戦闘演習を行ったりするのだが…中でも「卒業試験」は過酷で名高い。
広大なモリトヒル山に、己のカンと仲間の結束を頼りに山頂までたどり着き、旗を立てるというものだ。
だが、制限時間は3日以内と短く、テレポートの魔法を使ったり、機動力の高い種族が運転手を務めるタクシーに乗る事は勿論禁止である。
そして今、その過酷な試練にあの「4人組」が挑んでいた。
リーダーのドラゴルフが先頭に立ち、後からアルム、ベル、ルキアが続く形だ。
現在、彼(女)らは試練当日から二日も歩き続けており、疲労がかなり溜まっていて、トボトボと歩くのが精いっぱいな状況だ。
一人を除いて。
「あっるーこーあっるーこー♪わたしっは元気ー♪」
「あ…う…あ…う…あ………。」
「…………………。」
「…………………。」
そう、ドラゴルフである。
体力自慢の獣系魔物の中でも特に持久力の高いウルフ属…その中でも上位の種であるヘルハウンドの彼女は全くピンピンしていた。
ヘットヘトになっている仲間を背に、試練の事など忘れて呑気に歌など歌っている程の余裕っぷりである。
「うーん…みんなもうそろそろここで休憩でいいかな?」
「た…たのみゅ…」
鈍いドラゴルフでも、流石に仲間たちがバテている事を察したようで、背負っていた道具袋から布製の敷物を取り出す。
「お、おい…ドラゴルフ……お前、体力しゅごすぎ………」
ややふらつき、呂律が回らないながらもアルムが彼女の体力を称賛した。
パーティーの中では2番目にしぶとい彼だからこそ、言葉を腹の底からしぼり出せる余裕があるのだが、残りの2人はあ行のうめき声を上げるのがやっとな程疲弊している。
「んー?そうかなー?僕はこれが普通だと思うんだけど?はい、みんな。」
「さんきゅー…」
「す…ま……い………(すまない)」
「あ………う…………(ありがとう)」
へたり込むようにドサっと座った三人に、続いてドラゴルフは茶と梅おにぎりを振舞う。
アルムはおにぎりを丸ごと口に放り、ベルは静かに茶を啜り、ルキアはおにぎりをすこし食べた後に茶を流し込んでいた。
ここでも、4人の個性はハッキリと現れているようである。
ちなみに水筒に入れられる形で4人に支給されたあの茶は、クークが様々なハーブと薬草を調合して作ったもので、ある程度とはいえ疲労やケガを一気に治す程の回復力を誇り、そこそこ高い回復薬といい勝負ができるシロモノなのだからすごい。
梅おにぎりの方は、なんとドラゴルフの手作り。
実は父の故郷であるジパングで育った彼女は、そこの郷土料理であるおにぎりと味噌汁だけなら普通に作れてしまうのだ。
試練の前日、こんなこともあろうかと朝早く起きて作ったのだが、その判断は正解だったようだ。
「この、オニギリとかいうのうめェな!もっとだ!もっとないのか?」
「ジパングの携帯食……中々やるではないか……」
「やはり米は茶と合う。桜の下でハナミをやっている時なら最高なのだがな…」
仲間
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