図鑑世界の中にある土地の一つに、霧の大陸がある。
人間界の「中国」の中世時代に似たそこは、名前の通り濃い霧が発生する場所が多く存在している。
やはり図鑑世界のお約束と言うべきか、この霧は沢山吸い込んでしまうとエロい意味で大変なことになってしまうのだ。
だがもし、その「霧」が意思を持ち、生物の様に動き回ることがあるとすれば、貴方は信じられるだろうか?
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霧の大陸のある峠。
野菜が入った篭を背負った一人の農夫が、上に向かって歩いている。
彼は少々疲れている様子だが、歩くペースは変わらず、速さを落とすことはない。
やがて頂点へ着いた農夫は、そこにあった切り株の上に腰掛け、腰に下げた水筒から水を二口飲んだ。
「今日はあんまり売れなかったべな。んま、明日があるからええか。」
素朴でのほほんとした、典型的な田舎者の感じが漂うこの農夫は、至って普通の農夫だ。
故郷の村での評判も、作る野菜の質も、可もなく不可もない。
そんな彼だが、実は…特に何にも無い。
実は高貴な王族の子孫だとか、隠れた才能がある、なんてことは無い。
本当に特徴が無いのだ。
役職名の後ろにAとかBみたいに英数字が入った物が名前になるような脇役である。
だがしかし、作者である消毒マンドリルは捻くれ者である為、あえて彼のような人間を主役にしたのだ。
もっとも、自分で考えた魔物娘のオリジナル種族を題材として、物語を書いている時点で充分捻くれていると思うのだが。
休憩が終わった農夫は、ゆっくりと腰を上げ、峠を下り始めた。
村のわらべ歌を鼻歌で歌いながら、彼は下り坂で足を進めていると、少し先の方で妙な物を見つける。
「ありゃ…霧か……?」
農夫が目を凝らして見つめる先には、白い霧の「ようなもの」が漂っている。
そのことから彼は一瞬、霧が立ち込めてきたのだろうと思った。
この辺りは秋頃になると、濃い霧が出始める時期があるのだが、今は初夏を迎えたばかりだ。霧など出るはずがない。
さらにおかしなことに、「霧」は一帯に広がらず、モヤ状のものが四つ漂っているだけだ。
このモヤ状のものは、以下「霧」と称することにしよう。
「なんか、気味が悪いのう……」
農夫は「霧」のようで「霧」ではないそれに気味の悪さを覚え、それらの脇を通ってやり過ごそうとする。
しかし、それをみすみす逃すまいと言うかのように「霧」達は素早く農夫の前に回り込んだ。
「……!」
農夫は不気味な出来事に腰を抜かしそうになるものの、冷静にその動きを警戒し、じりじりと後ろへと後ずさる。
彼の動きに合わせ、霧達も前へと進む。
果たして、どちらが先に動くのか。
農夫が逃げ出すのが先か、霧が農夫を捕らえるのが先か。
両者の駆け引きが始まった。
「……………!」
「……………。」
一瞬でも隙を見せれば見自分達の運命が決まる。
両者共に緊迫した状態で、お互いの様子を伺う。
「……。」
先に動いたのは霧の一つだ。
ヌルリとした動きで。農夫の方へと自身の一部を伸ばして迫る。
「わっ!」
驚いた農夫は咄嗟に後ろに飛びくと、最初に彼に迫ったものとは別の霧が後ろに回り込んで彼の上半身を取り巻いた。
すると、その霧の一部の粒子がわずかに集まり、宙に浮かぶ水滴となった。
そして、水滴の大きさはどんどん大きくなり始め、人間の手の形に形成される。
ほぼ液体に近い手は、農夫の腕を掴んだ。
農夫はそれを必死に振り解こうと腕を振り回していると、そこへさらに三つの霧が迫ってくる。
「うぉぉぉぉぉっ!」
間一髪のところで、農夫は自分の腕を掴んでいた手を払い、一目散に駆けだした。
「……!」
声も出せない恐怖に刈られつつ、農夫は走り続けた。
だが、いくら走れども、いくら走れども、消えることは無い。
背中のヒンヤリと感じるモノ…まるで、霧の中にいる時のような感覚が。
恐る恐る農夫が振り向くと、四つの霧がその後を追ってくるのが見える。
農夫との距離は離れているものの、移動するスピードはあちらの方が上で、じわりじわりと追い詰めていた。
「はぁっ!はぁっ!はぁっ……!」
最後の力を振り絞り、農夫は足に力を込め、ある場所へと全力へ駆けていった。
道を駆け、ある場所へと移動する。
「ここなら行けるべ!」
彼が目指す先にあるのは、竹林の中に佇まう一見の山小屋だ。
竹を組み合わせて作られたもので、骨組みもしっかりとしている。
これは旅人が休憩を取る目的で作られたもので、今は誰も居ない。
小屋の前まで来たとき、農夫は戸を手馴れた手つきで素早く開け、霧達が中へ侵入してくる前に閉めた。
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