肉と聞けば、真っ先に何を思い付くだろうか。
おそらく多くの者が、食べ物の肉を真っ先に思い浮かべる筈だ。
他にも、筋肉、皮肉等もあるが、今回は食物としての肉に関係した奇界を紹介しよう。
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何やら、鼻をくすぐる香りがしている。
不思議と食欲が沸いてくる、旨味のある肉の芳香が。
ジパングの笑い話に、ケチな商人が霜降肉の香りを嗅ぎ、それを食った気になるというものがあるが、この香りは嗅いでいるだけで肉を食べていると錯覚してしまうだろう。
その臭いの元は、どうやらそこら中に転がっている赤紫色の物体のようだ。
その物体はまさしく肉という言葉が相応しく、握ると脂の入った肉汁が出てきそうな質感をしている。
転がっているものだけではない。地面も、それを囲む壁も、全て肉のような質感をしている。
いや、ここ一帯全てが肉なのである!
ここは、リシャデス峡谷。
前からは存在は認知されていたが、最近になって奇界と認められた。
ここの最大の特徴は、谷の内側が肉で覆われていることだ。
この「肉」なのだが、厳密には肉ではなく別の物質で、正体を解明した者は誰も居ない。
ただし、この肉に含まれている物質が、この土地の魔界化を阻止していることだけは分かっている。
「肉」は食べることもでき、普通の肉と大して変わらないどころか、とても美味だ。
谷の底に近づけば近づく程、香りの強さや肉の弾力は増し、最深層になると極上の味わいになるらしい。
この肉の魅力に取り付かれた者は多く、古今東西谷から人間や魔物を問わずここにやって来る。
中にはやってくる男を捕まえるべく、リシャデスに住み着いている魔物もいる。
「へへへっ、肉ぅ、肉ぅ。」
デップリと太った男が、一心不乱に地面に落ちている肉を拾って袋に入れていた。
「はーぁ…想像するだけでたまんねーぜ…」
涎を垂らしながら、目の前に落ちている肉を拾おうとすると、黒い毛の生えた獣の手がそれをかっ拐って行った。
「そういうお前も、中々美味そうじゃねぇか。」
男の前に現れたのは、ウルフ族の中でも特段と凶暴なことで知られるヘルハウンドだ。
この個体は普通のものよりも体格が良く、身体中の筋肉が盛り上がっている。
ヘルハウンドはわざとらしく拾い上げた肉塊を口の中でしゃぶり、何度か噛んで飲み込んだ。
「ひぃっ!?で、出た〜っ!」
恐怖に駆られた男は、大切である筈の袋を真っ先に放り出し、悲鳴を逃げ出して行った。
ヘルハウンドが追いかけようとする暇もなく、あっという間に谷の曲がり角へと消えてしまった。
「クソッタレ、逃げ足の早いヤツだ…」
悪態をつきながら、ヘルハウンドは男が落として行った荷物を見る。
「ちょうど腹も減っていたし、アイツが採ってた肉でも食わせてもらうかね。」
袋の中に手を突っ込み、ヘルハウンドは肉塊を次々と口の中に入れていく。
「んむ…んむ…」
袋が丸くなるまで詰められていた肉も、魔物の食欲に掛かればすぐに完食されてしまう。
「こいつじゃ足りねぇな…」
どうやらこのヘルハウンドは、男を逃がしてしまった鬱憤を肉を食べることで発散しようしたらしい。
あれだけの量でも満足せず、彼女は谷の深部へ進む。
「浅い所のヤツじゃ満足しねぇ…深い所の味わい深いヤツが食いてぇ…!」
ヘルハウンドは、壁にへばりついたピンク色の肉を剥がし、口に放る。
「んんっ、やっぱりこの味だな……うーむ、こればかりになると物足りなくなるな……」
壁に張り付いていた肉はそれなりの大きさがあり、並大抵の人間なら一つで腹が膨れてしまうだろうが、彼女はまだまだ食べたりないらしい。
「たまにはいっちょ行動でも起こしてみるか。」
まだ見ぬ美味を求め、飢えた魔犬は先へと進んでいく。
彼女がどれ程歩いただろうか。
周りには熟成された肉の香りがする霧が漂い、肉の壁の色も上層部より濃くなっている。
「ここなら良い肉が転がっていそうだな……おっ!」
早速、小さな子供位はある大きな肉塊がドンと鎮座しているのをヘルハウンドは見つけた。
肉塊はこれまで食べてきたどんな肉よりも艶があり、匂いも極上のものだった。
なんて運が良いんだと言わんばかりに、ヘルハウンドはそれに近づき、肉塊を両手で掴んでかぶりつこうとする。
肉塊がピクリと動き、一瞬手が出たことにも気づかずに。
「いっただっきまー……うわぁッ!?」
突如、かぶりつこうとした肉塊が激しく動いたことでヘルハウンドが一瞬怯む。
肉塊はそれを逃さず、ヘルハウンドの口に強引にディープキスをした。
「んっ、んううううううう……」
水音を立て、肉塊に吸い付かれる
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