「まずいな」
俺こと海浦 仙理(みうら せんり)は、山道で車を運転中、困ったことになっていた。
エンジンの調子がおかしいのだ。異音を発してパワーが安定しない。
今乗っているステーションワゴンは、大学卒業後、就職を機に中古で買ったものだ。中古と言ってもディーラーのメンテナンスは行き届いており、買ってから丸一年以上経つが、一度のトラブルも起こしたことはなかった。
それが突然異常を起こしてしまった。まだ完全にエンストはしていないが、それも時間の問題だろう。
「ついてない……」
車内で1人、ハンドルを必死に操作しながら愚痴をこぼす。今この山道を走っているのは、会社の用事で出張した帰りなのだが、そもそもこの出張というのが、貧乏くじを引いてのものだった。
俺はK県にある中堅の機械メーカーに勤めている。生まれも育ちもその県だ。
そしてそのK県は、一般に反魔物領と呼ばれる地域に属している。住民の多くが魔物に対して恐怖感、嫌悪感を抱いており、自治体、教育、マスコミもその傾向が強い。結果、県内に魔物はほとんど居住していなかった。
俺自身はどうかと言うと、『魔物は人間を好んで食べる』とか、『魔物が人間を襲って嬲り殺しにするのを見た』とかいう見出しの新聞を読んで育ったため、小さい頃は魔物が恐ろしくてたまらなかった。だが大人になると、魔物と人間が共存する地域もあると情報が入ってくるので、さすがに魔物全部が人間に害を為すとは思えなくなり、新聞の記事も割り引いて読むようになった。
とは言え、みんなが恐ろしい恐ろしいと言う存在に進んで近寄りたいと思うほどの物好きでもない。遭遇した魔物が、たまたま人間を殺す性質を持っていたら一巻の終わりだ。なので、魔物がいる地域には、なるべく行かないに越したことはないと思っていた。
ところがである。俺は今あろうことか、親魔物領と言われるS県の山奥で立ち往生の危機に瀕している。
俺がなぜS県に来たのかというと、勤めている機械メーカーの重要な得意先が、どうした訳か本社を急にS県に移転させたからである。最近K県の景気は悪化しつつあり、うちの会社の業績も思わしくないとあっては取引を打ち切るわけにも行かず、打ち合わせのために社員を派遣せざるを得なくなった。
至る所に魔物が巣食うS県への出張を、誰もが嫌がった。俺の直属の上司や先輩は次々と急病で会社を休み、たらい回しの果てに、何と入社二年目の下っ端である俺が押し付けられる形で送り出されたのである。
ステーションワゴンを走らせS県へ。途中で魔物に襲われることもなく得意先に着いた俺は、どうにか打ち合わせを終えた。(ちなみに、打ち合わせが終わった後の雑談で、俺は何故S県に本社を移転したのか得意先の担当者から聞き出そうとしたが、何も知らない様子だった)
昼過ぎに、俺は得意先を出た。暑かったので、車内で背広からTシャツ、ハーフパンツというラフな格好に着替え、眠気覚ましにカフェインの錠剤をかじりながら帰路に付く。そこまではよかったが、山道を走っている途中で上に書いた通りのありさまである。
今走っているのは、2台がすれ違えるかどうかの細い道だ。このまま停止しては、他の車の邪魔になるだろう。俺は停車できるスペースを探して、騙し騙し運転を続けた。
「どこか空いている場所は……あ!」
いよいよエンジンの異音が酷くなったとき、周囲が突然開け、田んぼや人家が見えた。山間の村に差し掛かったようだ。さらに進むと、ようやく空地が見つかった。おそらく誰かの私有地なのだろうが、状況が状況である。俺が已む無くその空き地に進入したところで、とうとうエンジンが完全停止した。
「ふう……」
とりあえず、道路を通せんぼだけはしないで済んだ。俺は異常を知らせる赤い三角表示板を出すために車を降りる。道路上で停車しているわけではないので、別に出さなくてもいいのだろうが、違法駐車ではないことをアピールするために出すことにした。
トランクから三角表示板を出して組み立てていると、農作業中と思しき50代くらいのおじさんが現れて話しかけてきた。隣の畑で作業中、俺の車が停まったのに気付いたようだ。
「あの、どうかしましたか?」
「あ、すみません。急に車が故障してしまいまして……」
話してみると、この空地はおじさんの地所ということであった。そこで俺は、駐車料金を払うので、修理業者が来るまでここに車を置かせてもらえないかと交渉してみた。
おじさんは笑って言った。
「そういうことなら、何にも使ってない場所ですから、置いといてもらって大丈夫ですよ。料金なんかいりません」
「あ、ありがとうございます!」
「それよりも、もうすぐ日が暮れますよ。泊まるところはあるんですか?」
「えっとそれは……」
俺は口ごもった。確かに陽が暮れかけていて、もうじき夜になりそ
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