反魔物条例、可決! 〜Human Side〜

「九字高遠君の安否は、まだ分からないのか?」

前日である日曜日の午後3時頃、魔物の大群がK県T市に侵入し、さらに夜半にはT市が親魔物領宣言をしていた。そのときから一夜明けた月曜日の午前中に至る今まで、K県の県庁所在地、K市の助役であるこの俺、郡堂昌道(ぐんどう まさみち)は市の職員達と共に、懸命に情報収集と善後策の協議に当たっていた。

「申し訳有りません。九字君の情報は今のところまだ……」
「そうか。親魔物領宣言について、T市からの説明は来たか?」
「何度も問い合わせているのですが……そちらも梨の礫です」
「……分かった。引き続き照会を続けてくれ」
「はい……それから、このままではK市も親魔物領になるのではないかと、市民からの問い合わせが殺到しています」
「そんなことは絶対にないと回答しろ。市のホームページと広報にも同じ内容を載せるんだ。市民の皆様に不安を与えてはならん」
「分かりました」

職員が助役室から引き下がると、俺は自分の椅子に腰を沈めた。

「どうしてこうなった……何が起きたんだ……」

あまりに不可解な事態の連発に、俺は頭が混乱していた。

K市に隣接するT市では、地元の由緒ある武術道場の御曹司である九字高遠君を隊長に、魔物迎撃のための防衛隊が編制されていた。S県立S大学の魔物の専門家、白澤静准教授から対魔物戦術の特訓を受け、K市からも俺の権限でバックアップをしていたT市防衛隊は当然、侵入してくる魔物を完璧に撃退できるはずだったのだが……

「…………」

俺は、机の上にある小型の無線機を手に取った。T市防衛隊のサポートのために派遣したK市職員から定期的に入るはずの報告は、昨日の3時過ぎから途絶えている。
連絡が途絶える前、彼らが言っていた最後の言葉は、まだ俺の耳に強烈に残っていた。

『精液をかけたのに魔物が倒れないようです!』
『前後を挟まれました! 退却できません!』
『たっ、助けてくれええ!! うわあああああ!!!』

「くっ……」

彼らの最期の言葉を思い出し、俺は無線機を強く握りしめた。K市職員だけではなく、九字君を始め、T市防衛隊の誰とも今は連絡が取れない。
白澤准教授が教えた戦法は、魔物にまるで通用しなかったのだ。一体どういうことなのか、本人に説明してもらわねばなるまい。俺は内線電話で1人の職員を呼んだ。

「稲生(いのう)さん」
『はい、昌道さん』
「悪いが、S大学の白澤准教授に連絡を取って、ここに来させてくれ。T市防衛隊がどうして負けたのか、申し開きをしてもらわねばならん」
『分かりました』

今年採用されたばかりの女子職員である稲生葛葉(くずは)さんは、経験は浅いがよく気が付くところがあり、俺はたびたび頼っていた。しばらくした後、彼女は助役室に入ってきた。

「どうだった?」
「それが……白澤准教授は昨日付けで寿(コトブキ)退官されて、今は音信不通だそうです」
「何だと!?」

さすがに俺は激高した。自分の教え子が魔物に喰われて全滅したかも知れないというのに、自分はとっとと結婚して一抜けとは無責任極まりない。

「何があっても白澤准教授をここに呼びつけるんだ!! もう一度S大学に連絡……いやいい、俺が直にかける!」

俺はそう言うと、机の上の受話器を取ってS大学の番号をプッシュしようとした。そのとき、もう1人の人物が現れる。

「昌道坊っちゃま。どうか落ち着いてください」
「あっ……」

俺は立ち上がり、現れた人物を迎えた。

「これは……申し訳有りません市長、お見苦しいところを」

俺の上司である市長は、夕べは市役所にいて俺達と魔物対策を協議していたが、朝方からは不在だった。誰かと何かの会議をしていたらしい。

「S大学で音信不通と言っている以上、もう一度電話をかけても連絡は付かないかと……白澤准教授のことは、もう諦めた方がよろしいのでは……?」
「しかし市長、彼女のために、九字君始め、T市の有望な若者200人が犠牲になったかも知れないんです。それだけではありません。我がK市の職員も10名以上が行方不明です。何らかの責任は取ってもらわなくては」
「…………」

市長が沈黙した。俺は再度受話器を取り、S大学に電話をかけた。すると、前と同じく、白澤准教授と連絡が取れないという木で鼻をくくったような回答の挙句、一方的に通話を切られてしまった。その非礼さに、俺の怒りはさらに倍加した。

「市長! 俺がS大学に行ってきます。直に白澤准教授を問い詰めて……」

受話器を置いた俺が席を離れようとすると、いきなり稲生さんが俺の前に立ちふさがった。

「駄目です!!」
「うわっ!?」

稲生さんは、女性としてはかなり長身である。俺は勢い余って彼女の豊かな胸に、顔を軽く突っ込んでしまった。慌てて離れる。

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