薄暗いトンネルを、黒髪で小柄な、1人の少年が歩いていた。
――今夜は大分遅くなったな。学校の授業サボって、トイレで居眠りして、気が付いたら真夜中と来た。我ながら、どうしようもない間抜けだ……
学生服を着た少年、錫谷魏将(すずや ぎしょう)は内心自嘲しながら、トンネルの中を歩き続けた。このトンネルは通学路に当たっているが、夜中に通るのは久しぶりだ。
――この前夜に通ったのは、何だったかな……ああそうだ。ここ心霊スポットだから、幽霊のふりして悪戯したんだっけ。
その夜の魏将の悪戯のせいで、大規模な交通事故が起こり、珍走団20名が重軽症を負った。それで魏将が同級生に付けられた仇名が、『人間自縛霊錫谷』。
――しかし高校生にもなって、人にそんな仇名付けるかねえ。
自分のことは完璧に棚に上げ、やれやれと首をすくめていると、トンネルの出口に差し掛かった。そのとき、魏将はふと、違和感を覚えた。
――血の、臭いがする……
微かだったが、人間の血の臭いに違いなかった。魏将は足を止める。
――献血車が、輸血パックでも落したか? いや、まさかね。
おそらく事件か事故だ。携帯電話で110番すべきか、魏将は迷った。しかし、最近は夜に蜘蛛が出たとか、およそどうでもいい事態で警察を呼ぶ者も多い。多少なりとも状況を確認しなければ、おそらく相手にされないだろう。
――よし。行くか。もし怪我人なら、応急手当もしなきゃいけないしな。
そう思ったとき、前方で足音がした。
カリ、カリ、カリ……
――?
おかしいな、と魏将は思った。靴を履いている足音でも、裸足の足音でもない。強いて言うなら、登山に使うアイゼンを着けていたら、こんな音になるだろうか。
だが何にしろ、足音の主が、この血の臭いに関係している可能性は、十分に考えられた。
「あの、済みません!」
魏将は大声で呼びかけた。まだトンネルを抜け切っていないので、余計に響く。
「血の臭いがしますけど、何か……」
ご存知ありませんか? そう聞こうとしたとき、魏将はげっと声を上げて凍り付いた。
足音の主の姿が見えたのだ。魏将より頭一つ長身の女性。赤く長い髪に、異様に大きな胸。ここまではいい。だが、その次からが問題だった。
手と足は人間のものではなく、鈍く光る鱗に覆われていた。先端には大きく鋭い爪。頭には一対の角が生え、背中には翼竜を思わせる翼が生えていた。
――コスプレ、か?
魏将が最初に思ったのはそれだった。普通に考えればそうだろう。しかし、女性の手足の爪は赤く染まっていた。紛れもなく、人間の血に濡れている。
この女性は何か、危険なものだ。
早、女性は魏将の姿を認めたらしく、ゆっくりと歩み寄ってきた。
どうする。何か話してみるか。それとも戦ってみるか。魏将が考えようとしたとき、女性の翼が大きく広がり、空気の裂ける音がした。
「何!?」
女性の目に殺気が浮かんでいた。宙に浮かび、まっすぐ魏将へと突っ込んでくる。
「くお!」
相手の正体はまだ分からないが、もう迷っている余裕はない。魏将は前に足を踏み出した。どうせ逃げても逃げ切れない。魏将は100メートルを10秒台で走れるが、向こうのスピードは明らかにそれ以上だ。
――だから、向こうが加速する前に迎え撃つ!
魏将がスタートを切ると、瞬時に距離が詰まった。頃合いを見て、魏将は両手を前の地面に突き、前転しながら右足を前方に振り込んだ。胴回し蹴りだ。
外れた。向こうが寸前でコースを変えたらしい。仰向けに倒れた魏将は、空中の敵に素早く両足を向けた。
「何者だ、貴様!?」
大声で問いかけると、相手は空中ではばたきながら答えた。
「見ての通り、ドラゴンだよ」
「ドラゴン? あんた、ドタマがおかしいんじゃないのか?」
魏将はそう言ったものの、相手が人間でないことは認めざるを得なかった。何しろ、翼で空を飛んでいるのだから。
「愚かな人間だな。ドラゴンも知らないとは」
「いや、知ってはいるんだけど、現実には……まあいいや。で、そのドラゴン様が、ここで何をしておいでで?」
「伴侶を探している。こちらの世界には、男が少ないのだ。たまにいても、どんどん他の魔物に盗られてしまうし……」
「つまり売れ残ったと?」
「出会う機会がないだけだ! だからこの世界に伴侶を探しに来たんだ!」
「じゃあその、返り血浴び浴びは何!?」
「もちろん試しているんだ。我の伴侶にふさわしい、屈強な男かどうかをな。だが、それらしい男はまだ見つからない。だからこれからお前を試してやる」
そう言うと、ドラゴンは地面に降りた。魏将は立ち上がり、両手でドラゴンを制する。
「待て。しばし待て。今、出会い系サイトで男探してやるから」
魏将は携帯電話を出し、高校生なのに18禁サイトにアクセスしようとした。だが、ドラゴンの翼が一閃し、その携帯電
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