ある湖畔の蟷螂の話

霧に包まれた静かな湖畔の中心、一本の鉄の橋で岸を繋がれた島に、不釣合いな城が建っていた。

ぺた、ぺた、ぺた・・・

橋の正面に城の入り口の扉があり、そこに傷だらけの黒い鎧が座り込んでいた。
抱える大剣はにぶく光を反射し、重みを伝えている。

ぺた、ぺた、ぺた・・・

鎧の回りには、死屍累々。様様な死体が横たわっていた。
人間の騎士、エルフの戦士、ケンタウルスの騎馬戦士、etc、etc・・・
全て、鎧が断ち切った骸である。中には白骨したものまである。

ぺた、ぺた、ぺた。

裸足で歩くような足音が止み、霧の中、橋を渡ってきた挑戦者が現れた。

『・・・また、戦いに来たのか、てめぇよ』

鎧からくぐもった男の声が聞こえる。
橋の上に立つのは、一人の魔物。
両手に大きな鎌を備え、髪はショート、目はキリリと引き締まっている。
森のアサシンとも言われる、マンティスである。

『いい加減、諦めろよ。この先に、てめえの望むモノなど、無い』

「それは、私が決めること。もう、何回も言ったこと」

『・・・そうだな。じゃ始めるか』

黒鎧が立ち上がり、大剣を構える。
それにあわせ、マンティスが構える。

『もう来れぬよう、その鎌を斬り落とす必要があるようだな』

「今日は、負けない」

空気が切り詰め、静かに時間が流れてゆく。

ポチャン。

何かが水面に落ちた。
刹那、金属音が響き渡った。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


ある村に、そのマンティスが来たのは
もう三ヶ月も前になる。

「お肉、ちょうだい」

「あいよ、何の肉・・って、マンティスとは珍しい。ムコさん探しに来たのかい?悪りぃな、こんなジジィが店主で」

村の精肉屋に、マンティスが食料を買いに来たのが、村人接触第一号だった。

「なんでもいい。お腹いっぱいになるくらい」

ジャラッ。マンティスが出してきた袋は金貨でパンパンに膨れ、普通の大人では持ち上げるのも苦労しそうな大きさだった。

「うへ、お嬢ちゃんどんぐらい食うんだ?下手すると店の肉、みんな食われちまいそうだ」

「じゃ、今、店に並んでるの、全部でいいや」

「・・・あいよ(冗談だったんだがなぁ)」

店主が袋から金貨を取り出してから(でもあんまり袋は変わらず)、マンティスは店頭の肉を鷲掴んで、食べ始めた。店に椅子まで出してもらい、店頭で魔物が生肉を食べる様子に、人々は目を丸くしながら通り過ぎてゆく。

「しかし、一体、何しにこんなとこ来たんだい?アンタみたいな魔物が、こんな村に興味がわくものなんざ、ないように思えるけどねぇ」

「・・・夢を叶える、モノがあるって、聞いた」

黙々と食べていた(くちゃくちゃと音がなっていたが)マンティスが、顔を上げて答えた。

「夢を叶える・・・?あぁ、あのホラ話か」

「ほら?」

「お嬢ちゃん、時間の無駄だ。帰ったほうがいい。今まで色んな野郎が酒池肉林だの、大金持ちだの、言いふらして行ったが、だぁれも帰って来やしないし、成功したって噂も聞かない。ありゃぁ、自分らがひっかかって悔しくてホラ話を広めてるんだろ」

やれやれ、と息を吐いた店主だったが。

「どこ?」

「あん?」

マンティスは真剣な眼差しで、店主に訊ねた。

「全部食べたら、行く。どこにあるの?願いを叶えるモノ」




店主が呆れながら噂の場所までの道を教えた三日後、村は大騒ぎになった。
マンティスが、見るも無惨なボロボロの瀕死状態で帰って来たのだから。

傷が癒えた彼女に聞けば、噂はホラ話ではなく、古城が建っており、そこの門番にコテンパンにされたとのこと。
もうおやめ、危ないよと釘を刺された次の日、厳密にはその日の夜、彼女は再度、城へ向かった。
そして、またボロ雑巾のようになって、帰って来た。

そんなことが何度も、何度も続いた。
雨の日も、風の日も、雷鳴り響く嵐の日も。
彼女は城に足を運び続け、傷ついて帰って来た。回を重ねるごとに、受ける傷は減りはじめたが、それでも痛々しかった。



「もうやめなよ。嬢ちゃん」

ある雨の日、ベッドで生肉を食べるマンティスに、精肉屋の店長が言った。マンティスは黙っている。

「嬢ちゃんが何を叶えてもらおうか思ってるなんて知らねぇし、関係ねぇと思う。でもな、それはこんなに傷ついて、死にかけてまでしねぇと手に入れられないもんなのか!?」

「・・・」

マンティスは黙って肉を食べ続ける。

「何を願うんだ?金か?ムコさんか?そんならどっかのお金持ちと結ばれりゃいいじゃねぇか!なんなら、知り合いの領主様、紹介してやる!若いし優しい、それに・・・」

「・・・きおく」

「え?」

マンティスが食べるのをやめ、左手を眺めるように上げた。
その薬指には、指輪がはめてあった。


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