新たな日常〜夜〜


カチカチカチ・・・ボーン、ボーン。

工房オヤカタに、4時の鐘が鳴り響く。
フォンの仕事終わりの時間である。

が、以前のように親方がフォンを止めるようなことはしない。

その4時の鐘とほぼ同時に。

・・・カランカラン♪

小さく、店の扉が開く音がした。

「あ」

「来たな。坊主、待たせるなよ」

「はい。お疲れ様でした」

フォンは作業をやめて、道具箱をかたして、工房から店側に出た。



「シャーッ・・・」
「ガルルル・・・」



店内では、先ほど入ってきたシェリーが、メリッサと臨戦体制に入っていた。

「フォン、ナイスタイミング。メリッサ!フォン帰るんだから、邪魔すんな!」

「ガルル・・・え、フォンにぃ、もう帰るの?」

「うん、もうシェリーも来た、し?」

ぐいっ。

工房と店の間で棒立ちしてメリッサと話すフォンを、シェリーが引っ張った。

「さ、帰ろうフォン!じゃあね、メリッサ?」

声色はまだ優しいが、フォンが目が見えなくてよかった。シェリーはものすごい悪い笑顔を浮かべていた。

「く、くっそぉ・・・」

フォンに聞こえないような小声で悔しがるメリッサを置いて、シェリーはフォンを連れて出て行った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「もぅ、いつも言ってるじゃないか。ケンカしちゃだめだって」

「だーかーらー。ケンカしてない!」

帰り道。
シェリーはフォンの腕を離すまいと、がっちり自分の腕を巻きつけて歩いていた。
正式名称は知らないが「恋人繋ぎ」とかいうらしい。この前、作者の友達が見せつけてきた。とりあえず一発蹴っといた。げふんげふん。

「もう・・・あ、今日の晩御飯、なに?」

「え?えっと、ソーセージにぶたn」

はっとして言葉を止めたシェリー。
しかし、フォンは途中まで言われて、気になった。人の心理である。

「ブタ?豚肉?」

「あー・・・えっと・・・」
(言えない・・・豚の脳みそとか・・・)

シェリーが言い訳を考えて、目を右往左往させていると・・・


「おやおや、これはこれは。今から帰宅ですか、フォン」


ちょうど、市場の方から歩いてきた神父が話しかけてきた。

「あ、神父様、どうも」

「あっ、ど、どうも・・・」

二人の様子を見て、神父はニコリと笑った。

「シェリーさん?ちょっとフォンを借りていいですか?」

「え?あ、え、ど、どうぞ」

「フォン、ちょっとちょっと」

「はい?」

神父が呼んで、フォンをシェリーからちょっと離した。

「フォン、前に私は言いましたね?種族や、趣味、嗜好の違いが問題になるかもしれないと」

「・・・はい」

「なんの話をしてたかは知りませんが、何か彼女が言いにくそうにしていたように見えました。彼女との間では、どうしても知りたいことでなければ、深く掘り下げて聞くのは遠慮したほうがよいでしょう。変に二人の間に溝を作るようにも思えますが、それが最良の選択になることもあります。わかりましたか?」

ニコリと神父が笑う。
フォンにそれは見えなかったが、感じ取れた。

「・・・はい、神父様」

「よろしい」

そう言うと、微笑みを浮かべたまま、神父はシェリーに手を振って、去って行った。

「ふ、フォン?一体なんの話を・・・?」

「うぅん。なんでもないよ?さ、帰ろう」

フォンは手探りでシェリーの腕を見つけたあと、下に降ろして手を握った。


「おかずがなんだっていいや。シェリーが作るんだから、おいしくないわけないよ」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

・・・食べさせちゃった。

シェリーは、後悔とも達成感とも取れる不思議な気持ちでそう思った。

「ごちそうさま。なんか新しい食材だったんだね。食べたことない味だったけど、おいしかったよ!」

「そ、そう・・・」

豚の脳みそはいわゆる白子みたいな味がするのだが、フォンが変にツボったらしく、美味しい美味しいとペロリと出した分すべて平らげてしまった。
ちなみにシェリーも食べた。8割はフォンが食べたが。

「さぁて、シェリー、僕はもう疲れたから寝r」


「そうは問屋がなんとやらよ、フォン」


ガシッ。

食器を持って流し台へ向かう音を聞いたフォンが逃走を図った。
が、ダメッ。シェリーの尻尾が、フォンの足を捕えた。

「し、シェリー。お風呂なんて、一日入らなくたって生きていける、よ?」

「却下。昨日はいってから、その・・・色々して、汗びっしょりかいたでしょ!」


無理やり足を動かして逃げようとするフォン。
赤面しながらフォンを言い聞かせ、逃がさないシェリー。

彼らの夕食後の当たり前の光景だ。

数ヶ月経とうが、フォンの風呂嫌いは治ってなかった。毎日毎日、この問答を経て、やっと風呂に入る。

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