GOSHEEP

午後の授業、その教師は教室の扉を開けた。
いつも生徒からはタバコくさいと言われながら、自身のにおいに頓着しない人だったが、教室の強烈なコーヒーのにおいにはさすがに顔をしかめた。
「……詩藤、お前いい加減にしろと何度も…」
「ん?こんにちは先生。そんなこといわれてもね。ぼくはコレがないと授業中に寝てしまうんだよ?校則にも『魔物の生徒が自身の特性によって学業等に支障をきたす場合は、できる限りその対応を自身で行うこと』ってね。ぼくはきちんと校則に則っているつもりだよ?先生」
ストレートな黒髪、白い肌、腕と脛の周りにある狼のような生え方をしている毛、黒いマニキュア、目の下にある隈、そして…
頭に生えた。ねじ曲がった角。
すわどこの悪魔かと聞きたくなるような外見をしているが、彼女は悪魔ではない。ワーシープであった。

「はぁ、」
「なんだい?言いたいことがあるならはっきりと言ってほしいねぇ?」
「すいません。先生、あとできっちり僕が言い聞かせますから。」
「ああ、よろしく頼むぞ。」
間に入ったのは詩藤の幼馴染、篠川とおるだ。普通の人間であり、彼女に何か正面切ってものを言える稀有な人物でもあった。
「いいじゃないか、コーヒーがないと僕は寝てしまう。それともそこまでして僕に成績で勝ちたいのかい?」
「黙れ。先生はお前の態度のことを言ってるんだ。」
「はぁ、やはり君も僕をこの外見で決めつけるその他大勢と同じというわけだね。ああ、嘆かわしいったらありゃしない。」
「僕はお前をきちんと見ている。だから忠告しているんだぞ。」
「ああ、そうかい。はいはい。先生、授業をお願いします。」
「……よし、教科書を開け、今日は…」

……放課後。
「さて、とおる、帰ろうか。」
「ああ、そうだな。」
授業中の会話は険悪にしか見えないのに、なんだかんだで一緒に帰るのは、大いなる謎とされている。
二人で教室を出ていく。とおるはふと思い出す。


……


『やはり君も僕をこの外見で決めつけるその他大勢と同じというわけだね。』

詩藤無垢はその外見から、あらゆる迫害を受けてきた。この国の調査によると黒いワーシープは1000人に一人と報告されているし、そのことはこの国では割と知られていた。
しかし、詩藤無垢は毛の色だけでなく、質まで特殊だった。

まるでこの国の大和撫子のような、美しいストレートヘアに、狼のような手足の毛。

ワーシープのイメージからどこまでも遠いその毛質。

魔物娘は昔は異形と呼ばれていたが、彼女はその魔物娘から見ても異形だった。

両親こそ、彼女の味方だったが、いかんせん子供たちはそのような事情など知らない。幼稚園にいたころから遠巻きにいじめられていた。外見の怖さから直接の暴言、暴力こそなかったが、相手がわからないからこそ、敵味方がわからないからこそ、一時は両親にまでおびえてたこともあった。
眠っていることも不安だった。しかし、一応ワーシープだった彼女は自身の眠気を感じていた。
だから、彼女は齢5歳にしてコーヒーを愛飲していた。

そんなある日、とおるはこの町にやってきた。当時小学2年生。そこで彼は彼女に出会い、思った。
『カッコイイ』
『美しい』
それから、彼は彼女を意識し始めていた。

(なんで彼女はこんなに美しいのだろう。)
(なんで彼女はこんなにカッコイイのだろう。)
(なんで彼女はあんな大人の飲み物を飲んでいるんだろう。)
(なんで彼女はいつも一人なんだろう。)
(なんで彼女は本を借りて、わざわざ人気のない場所に行ってから読むんだろう。)
(知りたい。)
(彼女を)

いまだ彼女は姿なきいじめを受けていた。なので、いざ直接人間と接触するのには慣れていなかった。
「ねぇ!ええと、詩藤ちゃん?」
「疑問形で名前を呼ぶくらいならいっそ声をかけないでくれるかな?」
「うん!ごめん!」
「……わかったら、早くどっかいって。」
「ねぇ!なに飲んでるの!?」
「……コーヒーだよ。」
「へぇ〜。ねぇ!ちょっと飲ませてよ!」
「……はい」
「んっ、ゴクッ、うえっ!にっが!」
「……だろうね。いいからどっかいってくれるかな?」
「ねえ!何読んでるの!?」
「……夢九夜」
「なにかいてあるの!?」
「……自分で読んだらどうだい?」
「うん!そうだ!」
「まだなにか?」
「うん!なんでそんなに綺麗でカッコイイの!」
「ん、ぐふっ!……ごほっ!けほっ!」
「ねぇ、なんで?」
「……いいからっ、消えてくれないかな///」
「う〜ん。ねえ、これ、一緒に読んでいい?」
「……やだね。」
「え〜。」
「……ハァ、ほら」
「…っ!うん!」
夢九夜は半分もわからなかったが、解説されながら聞くのはとても面白かった。


……


コツッ、コツッ、コツッ
前を彼女がいく。彼はついて
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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33